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第30話

その日兎黒は逃げ出してからほんの数時間で刑務所に戻された どうして逃げたのかという刑務官の質問に答えることも無かった その分懲役は伸ばされる その日を境に囚人の間では兎黒が逃げ出したのは309号の女のせいではないかという噂が上がっていた 309号の女というのは兎黒の向かいの檻にいた女だ 女「アンタ...アホなん?なんで...」 兎黒「まだ、出る時じゃないから。」 兎黒はその日その言葉を残し眠りについた それから兎黒は出所前日を迎える度に脱獄を繰り返した それが3年続いたある日の事だった 女「アンタ、ほんまにアホやないんか?何でそこまでしよるん。好きな女でも出来よったか?」 女がそう言うと兎黒は笑う 兎黒「んー。まぁ、そんな所かな。」 女「んで?」 兎黒「...?何が?」 女「その女は何号の檻におるんや?」 兎黒は呆れたように溜息を吐く 兎黒「女は色恋話が好きだなー。それを言った俺に何のメリットがあるよ?」 女はつまらなさそうに兎黒を横目で見る 兎黒「ま、その女が出所すんのを待ってんだけどね〜。」 女「ふぅん、意外と一途やんな。」 女は少しにやけ顔で兎黒を揶揄う 兎黒「まぁな...。ところでアンタはいつになったら出所すんの?」 女は首を傾げる 女「ありゃ?言って無かったかい?あたしは出所なんざしよらんで。なんたって死刑罪やからな。」 その言葉に兎黒は少し目を丸くして固まった 兎黒「なっ...!聞いてない!いつとか決まってんのか!?」 檻に手をかけ訴える 女「んー、まぁいつって...明日やけんなぁ。明日、あたし死ぬんや。」 そう言って女は笑った 兎黒は額に冷や汗をにじませ真っ青な顔で女を見た 兎黒「うそ...だろ...。」 現実を呑み込めない兎黒に女は目を細める 女「なんちゅー顔してんねん。かなりのあほ面やで!」 その日の夜皆が寝静まった頃女は静かに泣いていた 我慢ならず兎黒は脱獄ようの穴から抜け出し女を檻から出す 兎黒「...逃げよ。」 女「でも。捕まったらアンタも殺されるかもしれんねんで?」 兎黒はそれでも構わないと女に手を差し出す そして女と兎黒は刑務所の警告音を背に山の中へ逃げ込む 警察a「見つかったか!」 警察b「いいえ...どこにも。」 警察a「見つけたら女は殺しても構わないそうだ。どうせ処刑囚だったからな。」 警察b「了解しました。」 兎黒はその言葉にゾッとした 兎黒「殺す...?そんな簡単に?人を...。」 兎黒は何故か震えが止まらず足が竦んで動けずにいた 女「...兎黒。もうええわ。ごめんな。ありがとう。」 全ての言葉を言い残したように女は兎黒を残し1人の警察の前に飛び出した そして警察は容赦なく5発ほど発砲する 弾は胸と脚と腕と腹と頭に命中し女は間もなく息を引き取る 兎黒は考えるより先に体が動き女の元へ駆け寄る 兎黒「...!!」 女の身体を起こし抱きしめるように蹲る 兎黒「なんでっ...!何でお前なんだよっ!なんでお前が殺されなきゃいけないんだ!!」 そう兎黒は泣き叫ぶ そんな兎黒をまるで嘲笑うように雨が降る その日から兎黒は一つ隣の街の大きな刑務所へ送られた そして強くなる決意をした また、大切な人ができた時に守れるように 脱獄を繰り返すのはあの日、あの人のことを忘れないようにと自分の中で決意を固めた とても悲しい悲劇、片想いの相手にできなかったことを思い出すためにーー。 〜30話end〜

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