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第2話

すっと音もなく襖を開けると、ふわりと香る白梅香。 部屋の主人は視線だけを寄越した。 「ああ、ありがとう。」 美しい声が僅かに掠れて、情事の残り香を感じさせる。 霞は少し眉を顰めたものの、直ぐに平静を装って白湯を差し出した。 「…今宵は随分と短い逢瀬で。」 「逢瀬?やめておくれよ、あんな爺。かなり酔っておられたからお帰りいただいたのさ。酔いどれを相手にするよりも、君とお喋りに興じた方が何倍も有意義だ。」 「滅多なことを口になさいませぬよう。月影様。」 月影と呼ばれた青年はくつくつと小さく笑み、真っ赤な煙管に口をつける。 乱れた髪にはだけた着物。 とても見られた姿ではないというのに、月影のそれは高潔な武士のような佇まいであった。 毎夜見る姿だというのに、毎夜感嘆の溜息が溢れる。月影という男は、それほどまでに美しかった。 「おいで、霞。」 そしてその月影に、どうしようもない嫌悪を抱いている。 理由はわからない。 その美貌への嫉妬かもしれない。或いは多才な芸への嫉妬なのかもしれない。 雪のように白い肌。 細く綺麗な指先が己の肌を這い、優しい動きで秘めた蕾を愛でる。 「は、ァ……んんッ!ん…」 「ほら、もっと力を抜きなさい。苦しい思いをするのは嫌だろう。」 いつか訪れるだろう客を取る日まで、こうして月影の稽古を受けるのがただ嫌なのかもしれない。 誰かに穢されたこの美しい人が、穢されたままの手で自分に触れてくるのが、どうしようもなく嫌だった。

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