2 / 8
第2話
すっと音もなく襖を開けると、ふわりと香る白梅香。
部屋の主人は視線だけを寄越した。
「ああ、ありがとう。」
美しい声が僅かに掠れて、情事の残り香を感じさせる。
霞は少し眉を顰めたものの、直ぐに平静を装って白湯を差し出した。
「…今宵は随分と短い逢瀬で。」
「逢瀬?やめておくれよ、あんな爺。かなり酔っておられたからお帰りいただいたのさ。酔いどれを相手にするよりも、君とお喋りに興じた方が何倍も有意義だ。」
「滅多なことを口になさいませぬよう。月影様。」
月影と呼ばれた青年はくつくつと小さく笑み、真っ赤な煙管に口をつける。
乱れた髪にはだけた着物。
とても見られた姿ではないというのに、月影のそれは高潔な武士のような佇まいであった。
毎夜見る姿だというのに、毎夜感嘆の溜息が溢れる。月影という男は、それほどまでに美しかった。
「おいで、霞。」
そしてその月影に、どうしようもない嫌悪を抱いている。
理由はわからない。
その美貌への嫉妬かもしれない。或いは多才な芸への嫉妬なのかもしれない。
雪のように白い肌。
細く綺麗な指先が己の肌を這い、優しい動きで秘めた蕾を愛でる。
「は、ァ……んんッ!ん…」
「ほら、もっと力を抜きなさい。苦しい思いをするのは嫌だろう。」
いつか訪れるだろう客を取る日まで、こうして月影の稽古を受けるのがただ嫌なのかもしれない。
誰かに穢されたこの美しい人が、穢されたままの手で自分に触れてくるのが、どうしようもなく嫌だった。
ともだちにシェアしよう!