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15分くらいが経った頃だろうか。 吐息しか聞こえてこなかったベッドからカタンと音が鳴り目を向けると、気まずそうにこっちを見る楠本の姿があった。 薬はもう効いているらしい。 「どうだ。」 「…もう大丈夫だから。授業、戻る。」 「待て。問診するって言っただろ。」 「別にお前にされる必要は、…」 「保健室に来た生徒をただで返す訳には行かねぇんだよ。さっさとそこ座って黙って質問応えろ。」 そこまで言うとようやく観念したのか嫌そうに顔を顰めながらもベッドを降りて手前の椅子は座る。 ちきんと着たように見える制服は近くでよく見ると胸元のボタンが外れている。 「それ、ボタンはどうした?」 「ボタン…?……これ、は…取れた。引っ掛けて。」 「そうか。で、薬はどうした?」 「家に忘れた。」 「普通は朝、家で飲んでくるだろ。」 「それも、忘れた。」 楠本は嘘なんてついていない、という目で俺をじっと見て全てをそう答えた。 持ってくるのも、飲んでくるのも、全部忘れてきたとだけ言った。 普通なら忘れるはずがない。 発情期の状態では薬も飲まずに外に出る事はほぼ不可能になるのだから。 「はぁ…お前、最後に発情期が来たのはいつだ?」 「……3ヶ月、前。」 「正常だな。薬、効きにくい方か?」 「…普通。」 だんだんと楠元の目線が落ちてくる。 わかりやすく嘘をついてる、って感じだな。 どこからどこまでが嘘だ? と聞いてもコイツが素直に答えるようには見えない。 メモをしていた紙を裏を向けて机に置きため息をつく。 今はとりあえずコイツに仕方なくでも信用してもらう方が大切そうだ。 「それ、取れたボタン縫ってやるよ。脱げ。」 「…ぃ…いい、自分で縫う。」 「そのままだとどうせ風紀引っかかるだろ、さっさとしろ。」 「…わかった。」 楠本が仕方なく嫌そうにブレザーを脱ぎカッターシャツにも手をかける。 特に抵抗もなく脱ぐとそのまま半分に畳んで俺に片手で差し出す。 目立った外傷はなさそうだ。 「白衣、羽織っとくか。」 「あー…あぁ、…借りとく。」 「ん?なんだ、白衣嫌いか?」 「…あんまり好きじゃない。」 無いよりはマシだから、と言って俺の白衣を受け取ると渋々それを羽織い目を伏せた。 自分で脱がせて着せたが素肌に白衣は流石にどこか危険な匂いがする。 さっさと縫ってやるか。 と、受け取ったブレザーを広げるとジャラリとなにか錠剤が瓶の中で転がるような音がした。 「…ん?」 「っ、……待て、返し…っ!」 「薬…か?」 返せ、と俺の体を力づくで引っ張りながら叫ぶ楠本の体を片手で押し返し錠剤に印刷された文字列を見る。 抑制剤ではないらしい。 …どっかで、見たことある数字だ。 「お前、これなんだ?」 「……風邪薬。」 「誰に貰った?瓶で処方されたならラベルがあるだろ。」 「親が医者だから、そのまま貰ったんだよ。返せ…高いやつ、らしいから。」 「へぇ…高いやつな。…まぁ確かにこれは安くねぇかもな。後から飲んでも効くタイプだ、保証はないが。」 「は……?」 楠本がポカンとした顔で俺を見上げる。 もう一度瓶の中身をのぞき込む。 風邪薬ではない事は確かだ。 この文字列と色。 …俺も何度か生徒へ飲ませた事がある。 決まって、傷だらけで泣きじゃくる生徒へ。 「これ、避妊薬だろ。」 そう言うとみるみると楠本の顔が青ざめていき、俺の服を引いていた手がダランと落ちた。 嘘が剥がれていく瞬間の人間はどうしてこんなに面白い顔をするんだろうか。

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