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何も言わずに俺を見上げる楠本へ瓶を突き出す。 これはちょっとした事件だ。 避妊薬を持ち歩くなんてまるでレイプされにここにきてるみたいなものだから。 「これ、本当に父親に渡されたんだな?」 「…護身、用に。何かあったる困る…から、って。」 「なるほどな。そりゃナニかあるかもしれねぇからな。護身用に避妊薬をくれるような父親の元でまさか抑制剤を忘れるってことは無いよなぁ?」 「それは…俺がたまたま忘れただけで親は関係ない。」 それだけは頑なに認めないらしい。 こんな話、あぁそうですかで済ますことは出来ない。 だがこっちも根拠はない。 変に踏み込んで警戒されたまま何もわからずに終わるのだけは避けたい。 「明日は必ず抑制剤を持って来い。朝…そうだな、8時丁度にここに来るんだ。わかったな?」 「そんなルール無いだろ…!」 「学生生活に支障をきたす立派な忘れ物だ。担任としてこれくらいの指示は当たり前だろ?」 「知らない、…さっさと服返せ、ボタンなんてもうどうでもいい…っ!」 「…おい、楠本。」 キーキー子供みたいに喚く楠本の髪を握り込み、軽く引っ張る。 少し脅すだけ。 …の、はずだった。 「ひ、っ……」 小さく上がった悲鳴と同時にブカブカの白衣を着た腕が顔の前に出される。 まるで「殴らないでくれ」とでも言いたそうな顔で。 怯えるように小さく震えると固く目が閉じられる。 「……何か、あったんだな。」 出来るだけ刺激しないよう、優しくそう言うと目がゆっくりと開かれ怯えた瞳が俺を見上げた。 しばらく何かを重ねていた様だがハッとすると俺の腕から力づくで逃れ椅子ごと後ろへ下がっていく。 大丈夫か、と声をかけようと片手を伸ばすと楠本は声もあげずに両手を自分の口へ当て俺を見つめた。 「…楠本。俺はお前に何かした奴じゃないだろ。怖がらせたのは悪かった。が、よく目の前にいる奴を見ろ。」 「何、…も……ない。」 「嘘つくな。何をされた?薬は100%じゃない。もしそれがレイプなら……」 そこまで言ったところで楠本は手を伸ばすとすぐ側の棚から本を引き抜き真っ直ぐに俺へと投げつけて来る。 …糞ガキが。 「おい、お前な……!」 「帰る……、っ…」 何か言いたそうな、苦しそうな、悔しそうな顔でそう言うと勢い良く扉を開き閉じもせずに保健室を出て行った。 しばらく床に落ちた本やジンジンと痛む体の事を考えていたがすぐに自分の膝の上にある重みに気付いた。 「アイツ、制服着てない…よな……?」 あのまま出て行ったってことは素肌に白衣しか着ていない。 流石に不味い。 片手に制服だけを持って扉から顔を覗かすがもうアイツの姿はない。 どこまでも、厄介で面倒なやつだ。

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