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1時間目、移動教室だっけ。 横を向いた世界を眺めながらそう考えていた。 クラスメイト達が俺を避けるように、時々わざと蹴飛ばしながら教室を出ていく。 俺も行かないといけない。 分かっているのに体は痛くて重くて動いてくれなかった。 「楠本。」 その声にトクンと胸の奥で何かが弾んだ。 初めて会った時と同じ。 皆木と俺がどういう存在なのかはもうとっくに気付いている。 けれど、コイツだけはいやだ。 「立てるか。」 「……どっか行け。」 「俺が出て行ったら一人になるぞ。」 「それでいい。」 「意地張ってないで今は甘えとけ、第一このままここに居ても同じことの繰り返しになるだけだろ。」 それでも、いい。 中途半端に助けられて中途半端に優しくされて。 嘘だって分かってるのに甘えてしまうのが一番嫌だ。 騙されたらいけない。 コイツも皆と変わらない。 俺の事なんて一ミリも気にかけていない。 それならもう関わらないで。 「いい、…から、俺に話しかけんな…っ、!」 「…あーそうかそうか。もう話しかけないし気にもしない。お前が廊下で倒れてレイプされて殺されそうでも俺は見て見ぬふりをする。 お前はそれがいいんだな。」 「それ、…が…いい、……」 皆木はふぅん、と鼻先だけで言うと立ち上がり傍から離れていった。 これで良かった。 これが良かった。 嫌われるならもう誰からも希望を与えて欲しくない。 これでやっと一人きりになれたんだ。 俺は血の味のする唾を飲み込んでゆっくりと体を起こした。 授業にはもう間に合わない、それなら次の授業までここで待機していた方がきっと賢い。 ぼやけた視界をどうにかしようと目を擦るけれどそれは治らなかった。 身体が恐ろしい程に熱い。 手を伸ばして冷たい机の足を握ると遠くから声がした。 「楠本。」 まだいたのか、と声の方へ顔を向ける。 ぼやけたままじゃその人影が本当に皆木なのかはわからないが別にそれは重要じゃないだろう。 「もし、本当に駄目な時はちゃんと"お願い"しろよ。」 それだけ言うとその影は教室から出ていった。 お願いなんてしてたまるか。 発情期は一週間で終わる。 来週には元通りだ。 あと少し、これくらい耐えられる。 あんな奴に頼らなくたって生きていける。 親も、友達も、教師もいらない。 俺は独りでいいんだ。

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