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数分が立ち、ようやく今どこまで進んだのかを把握した彼は教科書を折れるくらいに力いっぱい握りしめては続きを読み始めた。 「そ、…んな、……っ馬鹿、な…事……っ…」 途切れ途切れにそこまで読み上げると教科書から手を離して両手で口を抑えた。 発情期に苦しんでいるというより、なにかに耐えているように見える。 …むしろ喘いでいるようにも。 「楠本クン、大丈夫?」 「…っ、言う…な、俺…達、の…み…、ら…ぃ……、っァア…、!…ぅ……っ」 「…っ、!」 無理矢理に音読を続けていたけれど、急に甲高い声を上げビクンと身体を揺らすと両手で口を抑え俯いた。 ビクビクと身体を揺らしたままそれは止まらない。 …流石に様子がおかしすぎる。 ボクは立ち上がり彼の隣まで行くとじっと顔を覗き込み周りに聞こえないくらい小さな声で囁く。 「何か仕込まれてる?」 彼は少し悩んだように目を泳がしたけれど、しばらくして耐えられないと判断したのか一度小さく頷いた。 「体調悪そうだね、ボクも一緒に行くから保健室で休ませてもらおう。」 「…一人、で…いい、……っ」 そう言うと彼はボクを押しのけ倒れそうになりながらフラフラと歩き出した。 痩せ我慢にも程がある。 このまま出たところでどこの誰に襲われるかもわからないのに。 どこから見ても馬鹿だ。 彼が放っておくのを望むのならそれに応えるのがいいのかもしれないけれど…放っておけるほどボクも強くない。 「楠本ク、……」 楠本クン。 そう声をかけようとした瞬間、姿が消えた。 正しくは視界から消えた。 慌てて立ち上がり彼がいたはずの場所まで向かうと床にはその場で痙攣したまま頭から血を流していた。 血の気が引いていく。 ボクは慌てて生徒達の方へ向かうと「そこから動かないで 」とだけ叫んだ。 「楠本クン、聞こえる?しっかりして。」 「……ひ、っ…ぅ、……て、……」 「何?…何か言いたいことがあるの?」 「…た、……すけ、って…………」 彼は弱々しくそう言うとボクの服の袖を引いた。 痙攣が徐々に収まっていくと、手から力が抜けそのままグッタリとしてはもう何も言わなくなった。 ヒューヒューと小さな呼吸音が聞こえて何故か鈍い機械音も聞こえてきた。 頭の傷口にハンカチを当て、彼の体をそっと抱き上げる。 助けられる事を拒んだ彼は確かに今"助けて"と言っていた。 「ボクが戻るまでみんな自習ね。」 シンと静まり返った教室を振り返りボクはただヘラリと笑って見せた。

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