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保健室で生徒の名簿を整理していると、突如、外からガタガタと音が聞こえてきた。
普通生徒が入ってくるならノックでもしてくるはずだ。
少し警戒しながら扉を少しだけ開けると隙間に足がねじ込まれる。
「……奏斗か。」
「開けて開けて、重症だよ。」
「重症…?」
扉をこじ開けて中へ入ってくるとそのまま奥のベッドへと勝手に向かっていく。
腕の中に抱かれているのは間違いなく楠本だ。
何があったのかは大方予想がつく。
俺は後ろ手で扉の鍵を閉め、背中を向ける奏斗へ呼びかけた。
「何が必要だ。」
「まず薬、あと体を拭くもの…と、頭を打ってかなり出血してる。」
「出血?リンチでもされたのか。」
「気失って倒れたみたい。体に負担がかかってる、なんてレベルじゃないからね。」
「…そうか。お前、授業は?」
「ひとまず自習。特に生徒達を攻めるつもりは無いよ。指導するならキミからどうぞ。」
そこまで言うと慣れた手つきで服を脱がし始めた。
楠本は腕をベッドから垂らしたままピクリとも動かない。
俺は指定されたものを両手に持ち、奏斗の隣まで行くと楠本の顔を覗きながらふと思った。
「おい、コイツ拒まなかったのか?」
「何を?」
「助けられることを。」
「断られたよ。1人でいい、関わるなってね。でも倒れた時確かに"助けて"って言ったんだ。…命の危機感じるまで甘えることも出来ないのかな。」
「…いや、違うだろ。」
「え?」
「またレイプされると思ったんじゃないか。多分だけどな。」
ベトベトになった身体を濡れ布巾で拭きながらそう呟いた。
どうでもいいが、保険室に運び込まれた生徒を見過ごす訳にはいかない。
横で口へ水と薬を流し込む奏斗が苦い顔をしてはその髪を撫でた。
そして思い出したかのように慌てて足の方へ向かうとズボンを引き抜く。
そのまま躊躇いもなくグチャグチャになったそこから顔を覗かすピンク色の物体を引き抜くと、脇のゴミ箱に投げ捨てた。
「お前、強いな。」
「あははそんな事だろうと思ってたからね。手当してあげて、ボクは手を洗ってくるから。」
「あぁ…わかった。」
奏斗はそう言うと濡れた手を振って保健室から出ていった。
水道ならそこにあるのぞ、と声をかけようとしてやめた。
布巾で丁寧に身体を拭いていく。
よく見ると昨日はなかったはずの跡や傷がいくつか増えている。
子供のやるイジメって言うのは案外厳しいものだ。
1通り拭き終え綺麗になった体に新しいパジャマを着せてやる。
本当は制服を着せてやりたいが未だ行方不明なため仕方ない。
まだ奏斗が帰ってこない。
ベッドの横の椅子に座りながら、なんとなく折れそうなくらいに細い手首へ手を触れた。
まだこんなに小さい、子供なのにな。
「ん、……」
ふと漏れた小さな声に慌てて手を離す。
うっすら開きかけた目を見て何故か今ここに俺がいることを知られたくないと思ってしまった。
側においてあった濡れ布巾を楠本の目に被せ強く押し付ける。
自分でもなぜこんな事をしているのかわからない。
「…な、…に………?」
「……許し、て。」
そこまで呟くとまたカクリと力が抜けた。
きっと楠本は今の状況に何も気付けていないだろう。
夢か何かだと思ってるはずだ。
俺はそのままカーテンを閉めると、ベッドから離れ距離を置いた。
何故か これ以上アイツの姿を見たくなかった。
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