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小さなコーヒーカップへ二人分のコーヒーを入れ、片方を奏斗へ渡し俺は大きなため息をついた。 「授業戻らなくていいのか。仮にも教師だろ。」 「彼らも自習で喜んでるよ。こういうのをwin-winって言うんでしょ?」 「ああそうかよ……」 コーヒーへせっせとミルクと砂糖を入れる姿を見ながら、ブラックコーヒーを熱いまま口へ流し込む。 どういう顔でいるのが正しいのかイマイチ分からない。 何を言えばいいのかもわからず黙っていると奏斗がクスクスと笑った。 「随分優しいね。」 「はぁ…?」 「いつものキミなら気を失っていようが頭から血を流していようが、あんな生意気な事言われたあとじゃもう助けなかったでしょ。」 「…お前が連れてきたからだ。」 「まぁ、それはあるかもね。口では助けるなって言っても目は泣いてたんだよ。なにか理由があるんじゃないかな。」 「理由?」 奏斗はそこまで言うと角砂糖が4つ入った甘ったるそうなコーヒーを心底美味しそうに飲み干した。 俺もコーヒーを飲み干すとじっと奏斗を見つめる。 「助けられたくない、関わられたくない理由だよ。」 「…面倒だから。」 「キミじゃないんだから。」 「今の状況を維持したいからじゃないのか。」 「まさか。そうは見えなかったよ。でもプライドは高そうだったね。負けたくない、屈したくない…って感じはした。」 「…どうせ、人に頼らずーとかじゃねぇのか?どうでもいい。」 何故かふと、真面目にアイツについて悩んでるのがバカバカしくなった。 第一、なんで俺が他人の心理だとかプライドだとかに振り回されはいといけないんだ。 そして何故、奏斗は俺にこの話をするんだ。 「いつか後悔したって知らないからね。さ、ボクはそろそろ行こうかな。コーヒーご馳走様。」 「あぁ、さっさと帰れ。」 「はいはい。最後に楠本クンに挨拶して行こーっと。」 「どうせ寝てるぞ。」 奏斗は立ち上がるとスキップでもしそうなくらい機嫌よく楠本の眠るベッドへと向かった。 俺はそれを尻目にコーヒーカップを2つ手に取ると流しへ向かいスポンジへ手を伸ばす。 今は何時だったか、と時計を見あげた瞬間、奏斗が悲鳴のような声を上げた。 「…おい、どうした?」 「いない。」 「いない?」 「彼がいないんだ。」 その声にスポンジを投げ出し慌ててベッドへ向かうと、無人のベッドとクシャクシャのシーツだけを残してアイツの姿はどこにも無かった。 その代わりに大きな窓が開かれ白いカーテンがヒラヒラの風に舞っていた。 「窓から出ていったんだ。…でも、どうして?」 「…俺に会いたくなかったんじゃないか。」 「それだけの理由で?怪我も酷いし…また襲われるかもしれないのに。今探しに行ったらまだ近くにいるかもしれないよ。…ボク、行ってくる。」 奏斗が慌てたようにベッドを乗り越え窓枠に手をかける。 そんなに俺を拒むなら。 …少しも優しさなんて見せる必要は無いはずだ。 「奏斗、行くな。」 「え?なんで?」 「アイツから出ていったんだ、追う必要は無い。明日から休みだ、月曜日にはケロッとした顔で来るだろう。」 「でも…」 「いいから行くな。」 強くそう言うと腑に落ちないような顔をして振り向いた。 さっきまで楠本がいたはずのベッドへ腰をかけじっと俺を見上げては1言 「もし何かあったらキミの責任だからね。」 「死んでようがどうでもいい。」 奏斗の視線から逃げるように振り向き流しへ戻っていく。 あんな奴。 もう、顔も見たくない。

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