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逃げないと。 一人、校舎の影でしゃがみ込んだまま喉を抑えた。 息が苦しい。 体が重くて上手く動けない。 ここから立ち去らないといけないのに、力が入らなくてどこにも向かえない。 心臓が走り出しそうなくらいに激しく鼓動を打ち、肺はしぼみ切ってしまいそうだった。 家に帰る事も教室に戻る事も出来ない。 どこに行っても安心して目を閉じることすら出来ない。 ここに来て眠気と身体のダルさに襲われる。 思えば数日まともに飯も食わなければ寝ても無い。 薬を追いすぎて、暴力から逃げ過ぎて人間らしい生活が送れていない。 「……俺が、Ωだから。」 理由はそれが全てなのだけど。 ズリズリと腰を下ろして冷たいコンクリートの上に腰を下ろす。 新しい綺麗なパジャマは皆木が着せたものだろうか。 また、どうせすぐに破られて汚れるのに。 …それが事務的なものならもう何もしなくていいのに。 何もされたくないのに。 「楠本くん。」 「……っ、…!?」 その声に思わず両手で口を抑える。 恐る恐る声の方へ目を向けると、笑顔でひらひらと手を振る教師の姿が見えた。 名前は確か…… 「…時枝、…先生、…」 「そんなに怖い顔しないで、ボクはキミに手を出したりしないよ。心配で探しに来ただけさ。」 「……大丈夫、だから。」 思わず緩みかけた表情を引き締め、強くそう言い放つ。 こんな所で甘えていられない。 俺は立ち上がり背中を向け、宛もなく前へ歩き出す。 けれど、足がガクガク震えてまるで前に進めない。 「危ないな、…ほら。捕まっていいよ。」 「いい。」 「転けたらまた保健室行きだよ。キミのためにも、ね?」 そう言うと強引に肩を組まれる。 身長差があるせいで俺はまるで囚われた宇宙人だ。 納得のいかないまま俯くと時枝先生は優しく小さな子供へ言うように話しかけてくれる。 「家まで送るよ。」 「1人で帰れる。」 「道端で怖い人に会うかもよ。」 「…もう慣れた。」 「キミが心配なんだ。学校は安全じゃないでしょ?」 「…あんたも、…っ…信用、出来ない…」 急にカッとして先生の腕を振り払う。 バランスを崩した俺はそのまま校舎の壁にもたれかかり、驚いた顔をする先生を見上げた。 別にこの人は悪くない。 ただもう人を信じたくなくて、信じられないだけで。 …もう、誰とも関わりたくない。 「キミ、可哀想だね。」 「…は……?」 「今日は引くよ。またね、皐月クン。」 先生の雰囲気が急に変わった気がした。 細い指が俺の髪を撫でて、頬に一度キスをされる。 優しい触れるだけのキス。 俺は振り返ることも目でおうことも出来ずそのままずっと何もない空間を見つめていた。 遠ざかっていく足音と、通り過ぎる風の音だけを追って。 痛いことが多すぎて、苦しいことが多すぎて 優しい が少し心地悪く感じた。

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