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壊れ
ガクリ、と身体の力が抜ける。
腕に食い込む紐や身体を掻き乱す振動や、じわじわと侵食してくる熱や。
そんな痛みをもう感じられない程、身体が疲れきっていた。
今なら死んでもいいかも なんて考える程。
その場から逃げることすら出来ないまま俺は宙に身を任せたまま意識を手放した。
願いが叶うのなら、また笑ってみたい。
*
チャイムと同時に教室のドアを開ける。
月曜日の教室はいつもと比べてどこか元気がない。
構わず教壇に上がり名簿へ目を移すと、今日の日直の名前を読み上げる。
何の変哲もない月曜日の朝だ。
「今日は特に変わったことは無い通常授業だ。欠席は……楠本、だな。」
教室を見回し、ひとつ空いた席を指さす。
カバンも荷物もない。
ここに来た様子はなさそうだ。
発情期に学校を休むのは賢明な判断だろう。
それが正解だ。
「…それじゃ、今日も1日励むように。以上。」
それだけ言い教壇を降り教室を出ていく。
あんな恩知らずの馬鹿に今更、情なんてない。
居なければ居ないだけ俺も気分がいい。
と、そう思った矢先、面倒なのを発見してしまった。
「ちょっと、今ボクの顔見て明らかに嫌そうな顔したよね?酷いなぁ。」
「実際問題面倒だろ。何の用だ。」
「もうちょっと優しくしてよ。えーっと、そうだ。彼いる?」
「いや、今日は欠席だ。」
「え?朝見たよ?金曜日と同じパジャマで…体調は良さそうだったけどなぁ。」
奏斗は不思議そうにそう言うと、わざとらしく首を傾げた。
コイツが見たのがドッペルゲンガーでもない限りアイツは学校に来てるらしい。
だが、教室にこないって時点でもう俺の管理範囲外だ。
不真面目なら勝手にしてて欲しい。
「あぁ、そうか。」
「え、それだけ?」
「もうどうでもいいだろ。気になるならお前一人で探しにでも行ってこい。じゃあな。」
「…冷たいな。」
「俺は興味が無い、向こうは構われたくない。それこそwin-winだろ。違うか?」
「ふーん…」
俺が歩き出すと、後ろから白衣の裾を引っ張られる。
そのまま立ち止まって嫌々振り返ると奏斗だけは楽しそうに笑った。
「それじゃ、あの子がどうなっても本当にいいんだね?」
「構わない。」
「捨てられてボロボロになっても、だね?」
「あぁ。」
「…それじゃ、ボク今から彼を壊してくるね。人格まで、心まで。いいんだよね?」
変わらない笑顔が恐ろしく見えた。
なんで笑顔でそんなことが言えるんだ。
気が付いたら何故か、奏斗の胸ぐらを掴んだままその顔を睨みつけていた。
「…何?」
「お前、自分が何言ってんのかわかってるか?」
「もちろん。でもキミがどうでもいいって言ったんだよ。怒られるのはお門違いだよ。」
「……やめろ、わかったな。」
何故そこまで必死になるのかもわからなかったが、何故かこの時の俺は奏斗を止めることしか考えていなかった。
俺の真面目な返答のどこがおかしかったのか奏斗はゲラゲラと笑うと
「わかった、わかったから。」
とだけ言って俺の手を振りほどきどこかへ行ってしまった。
俺だけを置いてけぼりにして。
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