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どうでもよかったはずの奴に、なんでここまで同情しているのかわからない。 俺はぼーっと熱いほっとレモンを念入りに冷まして少しずつ飲む姿を見ながらまだ子供なんだなと再確認していた。 カーテンの外の雨音はより一層酷くなっていく。 天気予報のとおりなら雨は朝まで止まないだろう。 楠本の持つコップの中身が半分を切ったところで肝心なところを切り出す。 「おい。」 「…何。」 「あの日、なんで急に帰ったりした。そのせいでずっとパジャマのままだっただろ。」 「…それ、は……」 「…待て。なんでパジャマのままなんだ?お前制服以外に服持ってないのか。」 「違う…けど、…」 「それに先週も窓から出て行って…」 立て続けに質問を投げかける。 思い返せばあれもこれもおかしな事が多すぎる。 土日があったならパジャマで居続ける必要はない。 第一、あの日ここから逃げ出した事も何もかも納得がいかない事ばかりだ。 答えられないのか、と言おうと口を開くとそれより先に楠本の掌が俺へ向けられた。 「…待って。」 その言葉に声を止める。 あの日と同じ言葉だ。 あの日の俺はこの言葉を無視して質問を続けた。 ビー玉みたいな目を、無視して。 「落ち着いたら言え。」 「待って、…くれるんだ。」 「お前が待てって言ったんだろ。」 「…また、頭グチャグチャになって。」 楠本はそう言って俯いた。 またあの人同じ言葉だ。 冷静に考えればあれこれありすぎて頭がこんがらがるのも仕方が無い。 自分ですら理解出来てない事を人に聞かれるのは気分が良くないだろう。 ここは少しくらい、気を使ってやるべきだったか。 「お前、実はあんまり頭良くないだろ。」 「な…!こう見えて成績は学年トップで進級したんだぞ…!」 「根本的な所が弱そうだって言ってんだ。」 「そういうお前こそ勉強出来んのかよ。」 「あ?俺は保険さえわかってりゃいいんだよ。あと応急手当と心のケアな。」 「…お前のどこに心のケア要素があるんだ。」 楠本がそう言うと、肩を竦めてじっと俺を見た。 あぁ、なんて言うんだろうな。 こういう普通の会話をするのは随分久しいかもしれない。 「ふ、…っははは、お前面白いな。」 「どこが…!」 「その必死なとこだよ。まぁいい、少しは楽になっただろ。頭、マシになったか?」 「……少しは。」 少しだけ拗ねたように、恥ずかしそうに目を逸らしてはそう言って頷いた。 俺は自分の膝に肩肘をつき手を伸ばすと楠本の頭をわしゃわしゃと掻き乱すように撫でてやる。 あの日みたいに怯えた様子は無いみたいだ。 「子供扱いするな…っ!」 「実際子供だろ。変に強がるのも大人ぶるのもやめとけ。先生に何でも話しとけ、どうせ1年で終わりだ。」 「……ムカつく。」 「何がだよ。」 人が優しく言ってやったのに生意気言ったかと思うと、顔を伏せて小さく呟いた。 「心、…無いって言ったのに、なんか…落ち着いてるのが、ムカつく。」 そう言うと言葉通りリラックスしたのかこわばっていた体からもすっかり力が抜けていた。 生意気な糞ガキもこう素直になれば多少は可愛くなるもんだ。 「言っただろ、俺は保険医だからな。その当たりは得意分野なんだよ。」 俺は手を離しなんとなく天井を見上げ、目を閉じた。 この静かな時がいつの時間よりも特別に感じられたから。

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