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だだっ広い部屋で一人座っているのが心地悪くて小さくなっていると、見計らった様にキッチンから皆木が向かってきた。 「ほら、食え。」 「…ありがとう。」 湯気をあげるうどんが目の前に差し出される。 いつぶりのまともな飯だろう。 俺の向かいに座り肘をついては観察するように見てくる視線から逃れるよう、俺はおずおずと橋を手に取り熱いうどんを口へ押し込んだ。 「美味しい、…」 思わず口に出ていた言葉に満足するように皆木は笑った。 「だろ。高級食材なんかよりこういうのの方が美味かったりするもんだ。ゆっくり食え。終わったらお前の嫌いな質問攻めだからな。」 「ん"、……」 「明らかに嫌そうな顔してんじゃねぇよ。普通教師が生徒を匿って家に置く…なんて有り得ないんだ。まともな理由建てしないと俺が困る。」 「…ごめん。」 「お前、ごめんとありがとうと助けてしか言わないな。まともな話、したいだろ」 皆木はそう言うと気を使ったのか部屋を出ていった。 シンとした部屋に俺がうどんを啜る音だけが聞こえてくる。 …質問攻め、か。 ここでまたいつかみたいに窓から逃げ出したらアイツはそれこそ許してくれないだろう。 そもそもこの何階かわからない建物から逃げ出すなんて不可能だろうけど。 けれど、正直に家に帰りたくない理由を話せるか? 地元ではそこそこ有名な病院なんだ。 皆木に家族のことを知られれば何を言われるかわからない。 「…今からあの家族を守る、…のか?」 食べ終えた器を見つめて考えていた。 一番いい未来がどこにあるのかわからない。 …言ったところで皆木が助けてくれるわけもない。 アイツなんかが俺のこと… ──なら、なんでここに連れてきてくれたんだろう あのまま俺を無視して車を走らせる選択肢もあったのに。 「食い終わったか。」 入口から聞こえた声に顔を上げると皆木はまた向かいに座った。 俺はコクリと頷き覚悟を決める。 「ん。」 「よし、それじゃ…質問といくか。もう面倒だから誤魔化したりするなよ。」 「…わかった。」 助けられなくてもいい。 何も状況は変わらなくてもいい。 それが当たり前で、普通なんだ。 別に皆木に何も求めたりしない。 ただ、約束を守るために話すだけ。 「楠本、お前はなんであの家に帰りたくないんだ。」 「家族に嫌われてる。父親には帰ってくるなって言われてるし、兄弟にも。…母親は父親の言いなりで話もしない。兄弟にはレイプされた事もある。暴力も…日常茶飯事、で。」 「…それはいつからだ。」 「そんなに前から、では…無い。」 「急にか?そうなるきっかけがあるだろ。」 言葉が出てこない。 なんで?きっかけ? そんな、きっかけ。 自分で自分の存在を否定するような。 脳裏にクラクションの音が響く。 体を二つに折るようなあの痛みと、メキメキと骨を砕く音が体を貫いて。 思い出したく、ない。のに。 「…おい、……おい!」 「ひ、っ……、…」 「何、思い出してた。…何かがあったんだろ。」 怖い顔をした皆木を見つめていた。 自然と荒くなる息を抑えるように首を自分の手で締める。 何があったなんて言える訳が無い。 あんな事 誰も受け入れてなんてくれない。 「おい、楠本。」 「……大丈夫だから、…」 "誤魔化したりするなよ" さっきの言葉を思い出すが包み隠さず話すなんて事、今の俺には出来なかった。 まだ皆木に知られたくない事が多すぎる。

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