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目を見開いたまま俺より後ろをじっと見る楠本。
その姿はどこか不気味で何かを思い出しているようだ。
だがあまりにも様子がおかしい。
過去に襲われるような目はどこにも焦点が合っていない。
「…おい、……おい!」
「ひ、っ……、…」
「何、思い出してた。…何かがあったんだろ。」
思わず大きな声をかけると楠本は一度ぎゅっと目を瞑ると首を振った。
見えていた何かを忘れるように。
「おい、楠本。」
「……大丈夫だから、………」
「どこが大丈夫なんだ。」
「何も無かった。…何も。」
そうは言うがどう見ても何も無いようには見えない。
虚ろな目は消したい過去を追うように逸らされ、何も無い所を見つめている。
…思っているよりも面倒なんだろう。
「明日は家に帰れそうか。」
「…帰る。」
「学校はどうする。」
「行け、…る。」
「本当にそれでいいんだな。」
そう尋ねると楠本は確かに一度頷いた。
普通の人間なら到底逃げ出してしまいそうな苦しみからコイツは逃げない事を選択した。
立ち向かって、勝てるような事でもないのに。
明日、学校に行けば、家に帰れば、苦しい思いをするだけなのに。
「今、逃げたら…二度と…帰ってこれなくなる気がするから。」
「…どこに帰る気なんだ。」
「んー…前と同じ日常…は、もう無いかもしれないけど。普通の高校生とか。」
楠本は退屈そうな顔で言った。
だが、どこか最初よりも明るく見えた。
…それなら教師として少しは手を貸してやるのもアリかもしれない。
「普通の高校生な。それならまずは制服と靴と教科書が必要なんじゃないか。」
「…確かにいつまでもパジャマでは行けないからな。」
「制服の上は俺が持ってる。ズボンは貸出用のを明日渡そう。教科書も使用感があるがOBからの寄付があるからそれを使え。」
「…ありがと。」
「俺らそこまでしか手助けしない。だが、助けて欲しい時はちゃんと言えば助けてやる。…いいな。」
「ん、わかった。」
楠本の顔は変わらずぶっきらぼうなはずなのに、どこか少しだけ笑っているような気がした。
まだ17か18かの子供だ。
普通ならこんな苦労知らなくていいはずの歳なんだから。
いつかコイツも笑えるようになるんだろうか。
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