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教室の前で扉に手をかけながら一度大きく息を吸う。
大丈夫、何も起こったりなんかしない。
…もう俺は普通の人間だ。
そう心で唱えて扉を開ける。
一斉に集中する視線から逃げるように少し俯きがちのまま席まで向かい、そのまま椅子に座る。
昨日まではここまで来ることも出来なかったんだ。
充分マシになったはずだ。
「おい、楠本。」
「…何。」
急に声をかけられ振り向くと、2人組がニヤニヤと笑いながら近付いてくる。
それから片方が俺を指差すとクスクスと笑った。
「それ、ズボンのサイズ間違えてんじゃねぇの?」
「…貸出だからサイズが合わなかっただけ。」
「やめてやれよ、楠本小さいから普通のサイズじゃ合わないんだって。」
「えぇ?こんなに小さいやつ俺の周りにいないけどな。」
「仕方ないだろ、コイツΩなんだからさぁ。」
そう言うと、クラスのあちこちから笑い声や話し声が聞こえてくる。
確かにΩは小柄に生まれやすいがそんなの関係ない。
…ここで言い返したら負けだ。
「ほら、黙っちゃったじゃん。かわいそ。」
「ごめんって。でもさ、でかかったら動きにくいだろ?俺が裾上げしてやるよ。」
「…別にこのままでいい。」
「まぁそう言うなって。」
そう言われると、急に後ろから誰かに脇の下から肩を抑え込まれ上半身の動きを封じられる。
驚いて振り向くともう一人が膝上を二本足まとめて抱え込んだ。
実質、身動きが取れない。
「おい、やめろ!!…、離せ…、!」
「怪我したくなかったら動くなよ。」
なんとか逃れようと足をバタつかせながら叫ぶと、足元にしゃがんだ1人が冷静にそう言った。
足首になにか冷たいものが触れ、目を向けるとそこにはハサミが見えた。
蛍光灯が反射してキラリと光る。
「ひ、っ……、」
「ちっちゃい楠本君には、半ズボンくらいがお似合いだと俺思うんだよな。」
「むしろパンツくらい短くしようぜ。」
「太ももくらい?」
「そーそー。」
「…離せ、…やめろって言ってんだろ…!!」
「はぁ?」
その言葉と同時に右頬へ強い衝撃が走る。
ジンジンと痛む頬と血の味のする口内に"理不尽だ"と思った。
殴られたまま左を向いていた顔をゆっくりと正面に向けると目の前にハサミの刃を突きつけられる。
「お前なんて生きてる価値ねぇんだよ。それでも生かして欲しかったら口答えすんな。」
「……なん、で…」
「お前が気持ち悪いΩだから。」
その言葉と同時に後ろから扉の開く音が聞こえた。
けれど、俺は怖くて振り向けなかった。
殺されるかと思った。
その恐怖が俺を支配していく。
なんで、なんでってそんなの誰も教えてくれない。
理由はオメガだからで十分なんだ。
「おい、そこ何やってんだ。早く席座れ。」
「はーい。皆木先生おはようございまーす。」
「おはよーセンセ。」
「いいから早く座れ。…楠本も、前向け。」
俺を押さえ込んでいた生徒達が席に戻り、体の拘束が解かれて力が抜ける。
ゆっくりと首だけ前を向けると皆木は俺を冷たい目で見てはすぐに目を逸らした。
今朝まではあんなに優しかったのに。
少し期待していた心がボロボロと崩れ落ちていった。
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