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授業の合間の時間を潰そうと椅子に白衣をかけベッドに腰掛ける。 昨日も今日もどこか気を張っていてちゃんと休めていなかったせいで疲れが溜まっている。 ここで少しくらい休んでいたって誰も文句は言わないだろう。 そう思い、足をあげようと靴へ手を伸ばすがコンコンと響くノックのおかげでそれは叶わなかった。 「…どうぞ。」 「やぁ、元気?」 「…奏斗。何の用だ?」 「相変わらずキミはつれないなぁ。少し忠告に来ただけだよ。」 「忠告……?」 奏斗はそう言って笑うと隣まで来てはベッドへ腰掛けた。 長く伸びた髪を手で撫でながら「あのね」と小さな子供へ言い聞かすように語り始める。 「彼、少し目立つでしょ。少しえらい人も気付いたみたいだよ。」 「なにか対策を打ってくれるのか?」 「逆だよ。彼に関わるのをやめるよう話が進んでるみたい。もちろんキミもね。近いうちに退学…なんていうのもありえるんじゃないかな。」 「…なんだそれ。アイツがΩだからか?それだけでか?」 「何ムキになってるの。キミらしくないよ。」 奏斗はそう言うと、冷たい目で俺を見た。 確かにそうかもしれない。 今まで生徒に深く関わったことなんてなかった。 …なんでアイツに今更執着してるんだ。 別に一人いなくなろうがどうでもいい事なのに。。 「それとも彼に本気になっちゃった?」 「本気…?そんな訳ないだろ。別にあんな奴どうでもいい。」 「うん、それでこそキミだよ。生徒がいなくなっても関係ないでしょ?だからもう関わるのはやめるんだ。キミまで目を付けられるよ。」 「……少し、考えさせてくれ。」 「何を?」 何一つ理解できない、という顔をすると怖いくらい疑いのない目で俺を見る。 時々、奏斗の無邪気さが恐ろしく感じる事がある。 まるで何も知らないような顔をして何もかも知り尽くしているような。 そんな気がしてしまう。 俺は奏斗から顔を逸らし、一度自分へ問いかけた。 本当にアイツから距離を置いていいのだろうかと。 今、俺が手を引けばアイツはまた1人きりになってしまう。 親にも友人にも見捨てられ帰る家も休まる場所もない孤独に逆戻りだ。 それに 突き放すには少し遅すぎる。 『ありがとう』と少しだけ嬉しそうに言ったあの顔を思い出すと、そうは踏ん切りがつかない。 「優、やっぱりキミおかしいよ。彼に惹かれてる?」 「そんな訳無いだろ。そういうお前はどうなんだ。随分親切にしてるらしいが。」 「えぇ、ボク?キミほどじゃないけど…でもそうだね。少し優し過ぎるかも。ボクももう深く関わるのはやめておくよ。」 「……そうか。」 「だからキミもさっさとあんな子から手を引くんだよ。ボクは大切なキミがいなくなるなんて嫌だからね。」 そう言うとピョンと飛び上がるようにベッドから降りてクルリと俺の方へ向き直る。 そこにはいつも通りのゴキゲンな奏斗が笑っていた。 さっきの一瞬感じた恐怖は何だったんだろうか。 「…なぁ奏斗。お前は楠本をどう見てる?」 「え?不思議なΩ、かな。」 そう言う奏斗を俺は恐ろしく感じた。

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