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「…何考えてた?」
その声にドキリとする。
先生の目は優しいのに、俺のどこかずっと奥を見ているような気がした。
何かを見透かされているような。
「何、も。」
「そっか。それならいいんだ。」
目の前に手を差し出される。
その手を掴もうかと少し悩んでは踏みとどまってしまう。
優しさが気持ち悪い。
…どうして、急に。
「…皆木に何か言われたから?」
「ん?何が?」
「急に、助けてくれたこと。」
「…優からは何も言われてないよ。むしろ優に言ったのはボクなんだ。」
そう言うと先生は手を引っ込めては床に座り込んでは足の裏を合わせて胡座のような体制になる。
俺は椅子に座ったままなんとなく居心地が悪く小さく体をすぼめてはその姿を見下ろす。
「先生から…?」
「優、無愛想で他人なんてどうでもいいって性格だからキミの事も放置するつもりだったんだよ。だから担任としてせめて…ってね。少しは力になってくれた?」
「……助けて、くれたけど。」
「安心したよ。でもこれからはあんな頼りにならないのには頼らなくていいよ。ボクが助けに来るからね。」
「なんでそんな…」
「あはは理由なんてないよ。守りたいから守るんだ。ね?」
そう言って優しく笑うと俺の手を両手で包むように握り込んだ。
「大丈夫さ。」と呟くとその指先に唇が近付いてくる。
なんでだろう。
その、優しい愛情が恐ろしく感じる。
「…や、め……て、…」
「…怖い?」
思わず逃げるように手を引っ込めるとじっと見上げられる。
怒っている訳では無いはずなのにその瞳が怖い。
敵に回してはいけないような、そんな気がして。
「…人、が怖くて。」
「そうだね。急にこんな事してごめんね、キミの緊張をほぐしたかっただけなんだ。ほら西洋では挨拶みたいなものでしょ?」
「そうだけど…」
「キミが嫌がる事はしない。それより早くここから出よっか。」
その声に頷くと先生は立ち上がり扉の方へ向かっていく。
俺もその後を追うようにゆっくりと立ち上がった。
さっき感じた恐怖はなんだろう。
慣れない優しさからか、それともさっきまでの恐怖の影響からか。
なんにしても先生はとても優しいらしい。
皆木より、ずっと素直に優しい人だ。
「さ、おいで。温かい物でも飲もっか。」
「…ん。」
この人の方が頼りやすい。
けれど。
この人を本当に信用していいのかと、どこかで揺らぐ自分がいた。
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