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「おまたせ。」
その声に顔を上げると目の前にマグカップを差し出される。
会釈をして両手でそれを受け取り中身を覗き込む。
ほんのり甘い匂いのするそれはいつぶりに飲むかわからないココアだ。
「落ち着くまでここにいればいいよ。無理して教室にいる必要は無いから。」
「…でもそれじゃ、…いつまでも解決しないから。」
「そうだね。でも我慢していても解決してないのが現状でしょ?キミが傷ついているのを見たくないんだ。」
優しい目が俺を見つめては少しずつ潤んでいく。
どうして俺なんかのために、出会って間もない他人のためにここまで感情をウゴせるのか俺にはわからなかった。
「俺は大丈夫だから。…慣れてるし。」
「…楠本くん忘れないで。慣れていい痛みなんてこの世には無いんだよ。傷ついていい人なんていないんだ。いいね?」
「わか、っ…た。」
信じられないほど真剣な目でいうから。
俺はコクリと頷いて、それから逃げるようにマグカップに口をつけた。
熱すぎない温度に作られたそれはゴクゴクと喉を通っていく。
「…あぁ、もうこんな時間。先生そろそろ授業なんだ。」
「あ、そうだった。…今何時?」
「11時前だよ。」
「俺も授業戻らないと。これ、ありが…と、……」
「わ、…どうしたの楠本くん。大丈夫?」
ありがとう、とマグカップを差し出すのと同時に急に眠気が襲ってくるまぶたが重くてふにゃりと力が抜けてしまう。
先生に体を支えられ体重を預けたまま目を閉じたら寝てしまう、と力を入れるがそれは叶わない。
「…眠く、て……」
「色々あったから疲れたんだね。少しここで休んでいくといいよ。優にはボクが伝えておくし、また昼休みには戻ってくるから。」
「でも、…俺…授業、……」
「大丈夫。今は休むことを考えて。…おやすみ楠本くん。」
マグカップを取り上げられそのまま胸の中で意識が薄れていく。
こんな所で眠っていたらダメなのに。
そんな意思に反し、ふわりと柔らかい何かに包まれるような感覚のまま眠りに落ちた。
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