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まだ薄暗い道を歩いていく。 ここがどこなのか分からなければ、どこに帰るべきなのかもわからない。 こんな時間に家に帰ったら親にどんな顔をされるか。 それなら明るい場所でせめて朝になるのを待つのが安全策なんだろうけど明るくなるまで待つ場所がこの近くにあるのかすら今の俺にはわからなかった。 いや、この時代なんだから携帯を使えばいからでもわかるだろうとポケットに触れた時スッと青ざめていく。 「…忘れ、た……」 意味もなく飛び出してきたせいで携帯も財布もあの家に忘れてきてしまったらしい。 中身の寂しい財布はともかく携帯はまずい。 …取りに戻るか? きっと心配そうな顔をして俺を見てはあの人は肯定しかしないだろう。 優しい人を裏切ったあと、こんな気持ちになるとは知らなかった。 仕方なく暗い路地に座り込んでただ夜が空けるのを待つことにする。 朝までそんなに時間はないはずだ。 向かい側に見える自販機の明かりだけが頼りにぼーっとしていると、ふとそのあかりが目の前から消える。 まさか停電か? なんて顔を上げると知らないノッポの男が俺を見下ろしてはニタニタとどこか異様な雰囲気で笑っていた。 「君、1人?」 「…そうだけど。」 「おじさんの家来る?ここらへん、ひとりじゃ危険だよ。」 「いや、いい。…あんたも安全には見えないし。」 「そう?…あれ。その制服、もしかして南浦高校の?あそこお坊ちゃま学校なんでしょ。」 「だったら何だよ。」 早く会話を終わらせたい。 ついつい口調が荒くなるのを抑えようと顔を逸らしそう答えると男は俺の前に屈んで無理矢理に目を合わせてくる。 「そんな学校の子がこんな時間に夜遊びしていいの?」 「五月蝿いな、あんたに関係ないだろ。」 「…君ね。年上への言葉遣いはきちんとしたほうがいいよ。」 「は、っ……ぅ"、…、!?」 なにがだよ、と言おうとする口に男の手のひらがねじ込まれる。 そのまま押し倒されるように頭を地面へ打ち付けられると視界がぐにゃりと歪んだ。 痛みと恐怖が混ざり合う中で歪んだ視界のまま俺は男を見上げた。 焦点の合わないソレは人間の目じゃないみたいだ。 どうにかここから逃げないといけない。 声は上げられない。 体の大きな相手を押し返すことすらもままならない。 「ねぇ、これ以上抵抗しないなら痛くはしないよ?」 「ぅ"、……ん、…ん"ん"…っ!!」 首を左右に振り足をばたつかせるが上に跨られてしまえばそんなの意味がない。 咄嗟に口の中に入っている手のひらへ思い切り噛み付く。 ただ口を閉じるだけに全力を込めて。 「……抵抗するんだね。へぇ、…名門のくせに案外馬鹿だ、…なぁ!」 「ん"、っぐ……、!!」 口の中から手が引き抜かれる代わりにその手が大きく上がって俺の顔を上から何度も殴りつけてくる。 一回、二回、三回、四回、五回。 痛い? 痛い? 自分に聞いても分からないほど確かにそれは痛みを超えたものだった。 「ねぇ。もう、抵抗しない?」 それからそんな声が聞こえてきた。 俺はコクリと一度頷いて目を閉じる。 もう何も見なくていいように。 薄れる意識の中でいつかの言葉を思い出す。 『楠本。助けて欲しいならちゃんと助けてって言えよ。』 そんなムカつくアイツの言葉を確かに覚えていた。 何故こんな時にアイツの事を思い出したのか。 「……助け、…て………っ…」 誰も助けになんて来てくれないまま プツリと意識が消えた。

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