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俺が楠本に関して知りたいと思ったのは保健医としてでも担任としてでも教師としてでもなく、ただただ俺の欲望でしなかった。
俺は尋問なんかとは程遠い出来るだけ優しい声で問いかける。
「相手は知り合いか?」
「…いや、知らない男だった。」
「そうか。キッカケはなんだ。」
「外に座ってたら急に。いや、俺の口が悪かったのかもしれない。普通にこんな風に話してたら…」
「…思い出すのが嫌だったら言わなくていい。」
そう言うと楠本はゆっくりと首を振り片手をあげると自分の口へそっと触れさせる。
それから俺を見上げると
「こうやって、口に手を入れられて。地面に頭をぶつけられた。何度か殴られて、何度も。…何度も、やられた。」
その やられた という四文字に何が詰まっているのか、考えるだけで恐ろしくてゾワゾワと鳥肌が立つ。
楠本は手を下ろすと目を伏せ何も言わなくなってしまう。
ショックも怪我も大きすぎたんだろう。
これじゃ暫くまともに生活も送れないだろく。
「相手はお前がΩだってこと、気付いてたか?」
「聞かれた。」
「なんて答えた。」
「答えなかった。そしたら、腹を殴られたから。…Ωだって。」
「相手はαだったのか?」
楠本の目が上を向き俺をじっと見つめる。
ドクン、ドクンと心臓が何度か波打つ。
避妊薬は飲ませた。後からでもちゃんと効くはずだ。
だがそれは100%じゃないんだ。
あれだけ中に出されて時間が経っていたら効果は……
「βだって。」
「……はぁ、…心配させるな。お前はもう少しΩの自覚を持て。どれだけ危険かってことを……」
その、少しお節介な一言が良くなかったらしい。
俺はただΩであるが故に、それを理由にこれ以上傷を作って欲しくなかっただけだった。
「…俺だって、好きでΩになったんじゃない!!!」
それがどれだけコイツにとって大きな事なのかを理解していなかったんだ。
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