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10分も経たずに、扉の向こうからノックが聞こえてきた。 別に頭を洗ったりする訳じゃなく体を流すだけだ。 時間はかからなかったんだろう。 「上がったか。」 「ん。」 「ドライヤー先にするか?」 「いつもして無かったから別にしなくてもいい。」 「せずにその頭か?」 「…どういう意味?」 ポカンとする楠本へなんでも無い、とだけ告げて奥の部屋へ引き返す。 あの柔らかい髪は生まれつきらしい。 確かに特別手入れするような性格ではなさそうだ。 戸棚から塗り薬を手に持つと、椅子に座って頭からタオルを被ったままボーッとする楠本を見たまま考え込む。 …コイツは大人しく薬を塗られるのか。 「楠本、下脱いで尻を出せって言ったら怒るか?」 「……っ、はぁ…!?」 「まぁそう言うだろうなと思って言った。かと言ってお前一人でちゃんと薬を塗れるとは思えないがな。」 「薬、……」 楠本は両手でズボンを掴んだまま俺を見て顔をしかめる。 手荒な真似はしたくないが早く怪我が治るのが1番だ。 しばらく渋い顔をしていたが、諦めがついたのか 立ち上がると「早くして。」とだけ言って俺を見上げた。 「よし、聞き分けがいいな。そうだな…そこにベッドあるだろ。そこで楽な体制で寝ろ。あぁ、尻は見えるようにしろよ。」 「ん。」 「出来るだけ痛くないようにやるが切れてるなり多少は覚悟しとけ。なんかぬいぐるみでも持っとくか?」 「いらない。…なんか屈辱的だ。」 「そうだろうな。」 そう文句を言いながらもベッドへ上がると横を向いてズボンをゆっくりと下ろしていく。 俺は薬片手に両手にゴム手袋をつけ、すぐ隣にしゃがみ込んだ。 意識のない間に何度も直面してるが実際こう会話をしながら見るのはこっちもどこか恥ずかしい。 「痛かったら言えよ。ほら、さっさと下まで下ろせ。」 「…ぁ、…あのさ。」 「なんだ。」 「大丈夫って…わかってるけど、…怖くて……」 その声に下を向いていた頭をあげる。 中途半端に下げたせいで半ケツ状態なのは置いておき、そのズボンを持つ手が震えているのに気付かなかった。 Ωだってだけで何度も無意味に無抵抗のまま犯されて来たんだ。 怖くないわけが無い。 「一回上げろ。」 「ん、……ごめん。」 「俺の配慮が足りなかった。悪いな、あんまり人の事を考えるのは得意じゃないんだ。怖かったら怖いって教えろ。」 「…なんで命令なんだよ。」 「おかしかったか」と言うと、「当たり前だろ」なんて言って笑った。 背中越しで笑顔は見えない。 そう言えば俺はコイツの笑顔を見たことが無かった。 いつも怒った顔か苦しそうな顔ばかりだ。 「楠本。」 「ん?」 「薬塗ったら、甘い物でも飲みながら世間話でもしよう。何が飲みたい?」 番 だとか パートナー だとか。 形だけでは意味がない。 互いを知らなきゃならないはずだ。 「…はちみつレモンが飲みたい。」 「好きなのか?」 「わからない。でも、安心するから。」 少しずつ、知ればいい。

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