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「もう、平気。」
そういうと皆木は体を離して少し笑った。
…迷惑、またかけてしまった。
もう平気だとか、そんなに傷ついてはいないだとか。
そう思っていたのは頭だけで案外心のどこかは折れてしまっていたのかもしれない。
「何が一番怖かった?」
「…足音とドアの音。。でも、1番は起きた時誰もいなかった事かもしれない。」
「どこかに行くかもしれないとも、鍵は俺しか持ってないとも伝えておいただろ。」
「あの時は…というか、起きた時は何も考えられなかった。全部忘れてた。」
「ま、…無理もないか。」
お前がおかしいわけじゃない、と言うとさっき落としたらしい書類や何かのファイルを拾い始める。
仕事の邪魔をしてしまった。
俺も手伝おうと手を伸ばすと皆木は急に振り返っては手首を強い力で握ってくる。
「な、……っ…」
「あー…いや、生徒に見られるとまずいのもあるからな。極秘書類ってやつだ。」
「…そう。落として折れたりしてない?」
「案外大丈夫だな。まぁ、多少は構わない。お前はそのラックを立てといてくれ。」
「ん。」
確かに書類に手を伸ばしたのはあまり良くなかったかもしれない。
言われた通りラックを立て、中に入ってあったであろう薬や包帯なんかをかき集める。
床にばらまいてしまった物はもう使えないだろう。
…あぁ、本当に余計な事ばかりしている。
「あのさ。」
「なんだ?」
「…正直、面倒だろ。俺の相手すんの。」
「そう少しでも思うならもう少し素直に俺の世話になってくれ。目の届かないところで壊れられるのが一番困る。」
「ぅ"、………」
そう言われては何も言い返せない。
元はと言えば、今日だってあのまま先生のところに居ればよかったのをかってに飛び出したせいで起こった事だ。
あれもこれも俺が自分勝手でいるから。
…ますます自分が嫌になってくる。
「嘘だ。」
「は……?」
「心配はしてるが迷惑はしてない。傷つく姿は見たくないが、別に後処理が嫌なわけじゃない。…だから気に病むことは無い。ただどこか知らないところで一人でダメになるのはやめてくれ。」
「……彼氏面してるけど、番になるなんて俺は一言も言ってないぞ。」
「俺が勝手に構ってるだけだ。嫌ならならない方がいい。」
皆木という男は。
優しいくせに冷たくて、手を差し出すくせに答えてはくれない。
引かれたかと思えば突き放されて、繋いだ手はすぐに解かれる。
俺を否定せずに何故か受け入れてしまう。
「…あんた、最初はあんなに俺のこと嫌ってたのに。俺に情も何も無いって。」
「知るうちに、関わるうちに変わった。友達も恋人も、もちろん番だって大方興味の無いもんだったんだよ。」
「じゃあ、なんで。」
皆木は拾い終えた資料を棚にあげ、顔を俺に向けた。
夕暮れが白衣をすけて優しく光る。
逆光のせいで顔は見えないけれど、少し笑っているような
「放っておきたくない。そう思ったのはお前が初めてだ。」
そんな、気がした。
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