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皆木に呼ばれ保健室を出ると、廊下の外は夕暮れと言うには遅い時間になってしまっていた。 薄暗い廊下にはもう人影はなく遠くから運動部の掛け声が聞こえてくるくらいだ。 「帰るぞ。」 「ん。」 そう言って先に歩いていってしまう皆木の背を追う。 俺より背が高いせいか歩幅も広く、少し気を抜けば置いていかれてしまう。 ゆっくりとしたコツコツという足音と忙しないパタパタという足音が重なる。 「…悪い、歩くの早かったな。」 「別に…間に合うし。」 「怪我痛むだろ。何度も言うが気遣いは慣れてないんだ、不便は言ってくれ。」 「そう言われると逆に困るというか…」 あれこれしてくれ、なんてそんな要求言えるわけがない。 第一ここまで手を煩わせている時点でこっちとしては心苦しいわけで。 遅くなった皆木の横について歩くが、顔は見たくなくて下を向いた。 その時、履いているのが上履きでなくスリッパであることに気付いた。 それから今来ているのがパジャマってことも。 「………あ"。」 「どうした?」 「また、…服も靴も…カバンも、無くした…」 呆然として俯くと皆木は何故か楽しそうに笑った。 「キリがないな。いっそ、その格好のまま過ごしておくか?」 「…笑い事じゃない。」 「無くしたならまた用意してやる。」 「ごめん。…また、……」 「別に俺のじゃないから構わない。…とりあえずスリッパのまま車まで行くか。それかここまで車持ってくるから、此処で待ってるか?」 教員用の靴箱まで来たところで皆木が立ち止まりそう言う。 …できれば、一人にはなりたくない。 「車まで行く。」 「そうするか。転けるなよ。」 「そんなにドジじゃない。」 服も靴もカバンも。 一体どこに行ってしまったのかわからない。 まだ探せば見つかるかもしれない。 「後ろ乗れ。」 「ん。」 車に乗りこみ、シートベルトを付けながらあの日からの記憶を辿る。 襲われてそれから……俺はどこにいたんだっけ。 畳と生ゴミの匂い それから、視界にチラつく小さな虫 あと 手首が痛くて 何かを 食べて 何 「ラジオでも流すか?あぁ、お前らの年頃はラジオなんて聞かないか。流行りの曲…有線とかの方がいいんだろうな。」 白、い アレはなんだっけ 「ぅ"、……っ…」 「…おい、どうかしたか?」 差し込みかけたシートベルトから手を離し、反対の手でドアを開く。 地面に倒れるみたいに体を投げ出しそれと同時に口から嘔吐物が飛び出た。 あの日の生臭さと、ネットリとした暑さが蘇る。 忘れかけていた記憶がポツリポツリと頭に浮かんだんだ。 「急に上がってきたか。そこの自販機で水買ってくるから待ってろ。」 「…待っ、…て…ぃ"やだ、……怖、い……」 置いてかれる恐怖が何よりも強かった。 白衣の裾をちぎれるくらい引っ張って、離さなかった。 離せなかった。

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