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チクタクと遠くで鳴る時計の音を聞きながら、眠りに落ちかけた体を無理やりたたき起こす。 まだ思いまぶたをこじ開けると楠本は俺の胸に顔を埋めたまま、まだ起き上がりしなかった。 「…そのまま寝るつもりか。」 「どんな顔をすればいいのか、…わからない。」 「殺人未遂をしたからか?」 「っ、………そう、…」 そう言って黙り込む姿を可笑しいと感じた。 残酷な世界だ。 人を殺しそうになる程、傷ついた人間がいる事にこの世界は気付こうともしてないんだからな。 「怒ってもないし怖がってもない。それに俺はお前に殺される程やわじゃない。」 「でも、苦しかっただろ。」 「痒かったくらいだ。ほら、起き上がれ。上に乗ったまま居られる方が辛い。」 「………ん。」 素直に頷くと楠本は渋々俺の上をのく。 俺も続いて体を起こすと、まだ居心地が悪そうにする楠本のデコを人差し指でつついて見た。 ポカンとした顔をするそれが何故か愛しく思えた。 「なぁ、楠本。俺は時々、お前を可愛いだとか愛しいだとかそんなふうに感じる時がある。」 「…俺も。たまに、…思ったりする。」 「これが運命の番ってやつなんだろうな。意識せずにそんな時があるって事は。」 「運命の番に首を絞められた気分はどう。」 「もう絞められずに済む環境にしてやりたいなと思った。どうだ、模範解答か?」 「……見当違い。」 そんな話をして二人、顔を見合わせて笑った。 困ったように眉を下げて笑う姿からコイツはよっぽど笑い慣れてないんだろう。 なぁ、どうだろう。 俺はコイツを少しでも幸せにしてやれるだろうか。 「俺、あんたにどんな風に見えてる?」 「んー…素直じゃなくて、情緒不安定で。後は意地っ張りのくせに悪いやつになりきれないってとこだな。」 「…多分その通りなんだと思う。あんただってそんな奴、番にはしたくないだろ。」 「さぁどうだろうな。でも幸せにはしてやりたいと思う。」 そう言うと楠本は唇を噛み締め、首を左右に振った。 これは振られたってことなんだろうか。 そんな事を思っていると小さな声が聞こえてくる。 「なんで、そんなに…俺に優しくするんだよ…っ…」 「…なんでって…なんでだろうな。」 「あんたなんて嫌いだったし、今でも別にどうでもいいけど……でも、幸せにはなって欲しいのに。俺なんかとこんな風に生きてたらずっと幸せになんてなれない。」 「別に…今だって特別不幸なわけじゃない。」 「ぅ………もう、何もわかんない。」 そう言っては目を伏せてため息をついた。 互いがなんとなく意味もわからないままお互いの当たり障り無い幸せを願っていた。 なんとなく、嫌いじゃないから好きだった。 俺はそんな楠本の頭に手を置き、「まぁなんだ」と適当な前置きをつける。 「まだ、俺達には恋とか愛とか。そういうのは早いってことだろ。」 「……多分、そう。」 「それなら今は飯食って寝た方がいい。いつか、わかった時にすればいい話だ。」 「ん。」 まだお互いを知ったばかりで、まだ何も知らないところで。 恋も何も無いだろうから。 「晩飯何がいい。」 「リゾット。」 「よし、金に物言わせて高いやつ食わせてやる。」 「…胃に優しいのにしろよ。」 今はとりあえず。 人間らしく、最低限で生きていこう。

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