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絆創膏
ひとつ数万するグラスに水道水を入れて、水滴がこぼれるのも気にせずにリビングへ向かう。
ソファで膝を抱えて座る楠本は俺のTシャツにすっぽり足まで入れて爪の先を人差し指でつついていた。
「何してんだ」と後ろから問いかけると大げさに体を跳ねさせては「暇つぶし。」とだけ答えた。
「デリバリー届くの30分後だと。」
「わかった。結局何にしたんだ?」
「トマトリゾットとカレーリゾット。半分ずつで食べればいいだろ。」
「ん。…お腹空いた。」
「あんだけ吐けば胃も空になるだろうしな。」
そう言って楠本の隣へ座る。
こういう時、何を話せばいいもんか分からず二人して黙り込んでしまう。
世間話ってのは多少互いの事を知ってるから出来るものなわけで。
「なぁ、あんたモテないか?」
「…なんだいきなり。」
「いや…ムカつくけど顔は綺麗だし、見かけは人並み以上だろ。金持ちで教師ならそれなりにモテるだろーって。」
「見かけと金目当てのやつに好かれてもな。それに近付いてきてもこの性格じゃすぐに離れてく。」
「ま、…そーだろうな。」
なんだそれ、と突っ込もうかと思ったけれど面倒でやめた。
生憎人に好かれる性格はしていない。
なんて思っていたがTシャツの中でとうとう足を広げ始めた楠本の頭をつつく。
「おい、伸びるだろ。」
「…元々でかいし。」
「そういう問題じゃないだろ。それ3万するんだぞ。」
「は、……はぁ!?Tシャツが3万…?え、いや……ただの無地に変な模様があるだけで…?」
「変な模様って言うな。ブランド物はそんなもんだろ。」
慌てて足を引っこ抜く楠本を見て笑いが出てしまう。
あぁ、いや普通の人はこんな反応か。
普通服にそこまで金は使わない。
「あんた、本当に金持ちなんだな。」
「まぁな。使わなかったら増えるだけだ。経済回してると思えばいい奴だろ?」
「…そうだけど。他に使うとこないのか?」
「友達とか恋人とかそういうのがないからな。自分に使うしかない。」
「先生は?」
「アイツも金には困ってない。」
そう、何の気なしに言うと楠本はグシャリと顔を歪めた。
なんかおかしな事を言ったかとポカンとすると、立てた膝に顔を乗せ正面を見たまま1言
「人のこと言えないけど、あんたも寂しいな。」
なんて言った。
「何がだよ。」
「別に、先生にお金あげないの?って言ったんじゃない。一緒に遊びに行かないのかって言ったのに。」
「……あー、なるほどな。」
「普通そう聞こえると思う。」
「昔から近寄ってきたやつは金目的だった。人には金をやるもんだと思ってたからな。…だから奏斗も金はいらないって言ってたのか。」
「友達なら普通受け取らない。」
仏頂面でそう言う楠本は救いようがなく不細工だった。
あぁ、俺がこんな顔にさせたのか。
ごめんな、と顔を覗き込むと
ごめん、と目を逸らされてしまった。
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