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楠本が大きく欠伸をする。 それからまた膝を抱えると、コテンと顔を横にしては俺を見上げてきた。 「眠いか?」 「ん。…少し。」 「飯食ってから寝ろよ。俺一人で二つは食べれない。」 「分かってる。だから寝ないように話してるんだろ。」 珍しくよく喋るなと思っていたがそういう理屈だったのか。 納得して一度頷くと、楠本は体を起こしたがぼんやりとして目を半分閉じてしまう。 黙っていたら本当に眠ってしまうらしい。 「そんなに眠いなら飯が来るまで寝とくか?」 「…もう来るんだろ。」 「多分な。ちゃんと起こしてやる。」 「ん、…なら、少し……」 相当眠気の限界が近かったのかそう言うと、そのまま完全に目を閉じた。 流石にこの体勢のまま寝かせると左右前後どこに転けるか分からない。 クッションでも取ってきてやろう、と腰を上げた瞬間ポスンと肩に小さな重みを感じた。 「そのままじゃ寝にくいだろ。」 「……小さい頃、…母親によくもたれかかって寝てた。」 「は?」 「父親は…勉強脳で。テストの点が悪いと夜も朝も眠れなかったから。夜中になると、…母親が来て黙って床に座るんだ。 それにもたれて、…こうやって、寝てた。」 急にそう語り出すと、甘えたように頭を擦り付けてくる。 重みはほとんど気にならないレベルだ。 ほぼ体重をかけてはいないんだろう。 「…母親はΩだったんだ。父親はα。…Ωの母親は、家にいないみたいで。ほとんど話さなくて、父親に暴力ばっかりされて。…ずっと、それ見て…何もしなかった。」 「お前が悪いんじゃないだろ。…今更そんな事を思い出してたのか?」 「ううん…別にそれは、そんなに。母親も俺に何もしてくれなかったし。…ただ、……」 「ただ?」 そこまで話すと唇をきゅっと噛んで楠本は閉じてきた目をうっすらと開いた。 そんな楠本を見下ろしながら、不謹慎にも綺麗だと思ってしまった。 長いまつげが瞬きの度にはためいては大きな黒目を見え隠れさせる。 小さな口が開き息を吐きかけた瞬間、遠くからインターホンの音が鳴り響く。 「ひ、っ……」 「…くそ、タイミング……続きは後で聞く。椅子に座って待ってろ。」 「……ぅ、…わかった。」 音に過剰に反応した肩をポンポンと叩き、慌てて音の元へと向かう。 トクトクと駆け足で揺れる心臓を片手でおさえ平然を装った。 見とれていた、なんて言えばきっと誰にもかれにも笑われるだろう。

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