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無我夢中に食べる楠本を見ながらゆっくり少量を口に運んでいたが、いつの間にか机の上の食器は空だ。
楠本は最後の一口をゴクンと喉を鳴らして飲み込むと満足そうにスプーンを皿に投げ出した。
「ふ、ぅ……」
「すごい食欲だな。そんなに腹減ってたのか?」
「ん……」
短く発したその声は俺の問いかけに答えた訳でなく、ただ眠気から盛れた音らしい。
既に瞼はほとんど落ちて今にも眠ってしまいそうだ。
俺は自分のさらに残っていた分を口に押し込むとコップの水を飲み込んで立ち上がる。
「もう寝るか。」
「…ん。」
「寝るなら立ち上がれ。ここで寝たら倒れて頭打つぞ。」
「ぅ……それは、嫌。」
そう言うと素直に目を開きゆっくりと立ち上がる。
随分聞き分けがいい。
半分寝そうな楠本の背を押し、前と同じ寝室へと向かう。
扉を開くと、あの日以来誰も使っていないベッドへ楠本がモゾモゾと潜り込んでいく。
「明日は休め。朝は気にせずに寝てればいい。」
「……わかった。」
「よし。それじゃ、また明日な。お前が起きたら俺はいないだろうが家の中で自由に過ごしていればいい。」
「ん、……」
「あと、腹が減ったら台所にある……おい、起きてるか?」
問いかけに応答はない。
目を閉じてすぅすぅと寝息を立てている姿は歳よりも少し幼く見える。
布団を肩までかけ、眠ったばかりの顔を見つめる。
「…夢の中でくらい、いい思いしろよ。」
その言葉に返事は無いけれど、寝顔を見る限り今は幸せそうだ。
電気を消し、音を立てないようにゆっくりと部屋を出る。
明日は声をかけずに学校へ向かおう。
これからの事は帰ってきてから決めればいい。
今は休むのが最優先のはずだ。
「……あ。」
そういえばさっきの話の続きを聞くのを忘れていた。
切ないようなあの表情と、口いっぱいに料理を頬張る姿。
同じ人物のはずだがまるで違うように見える。
本当はまだ子供らしくいられる歳のはずなのに。
俺一人ではどうしようもないような問題を考え、ため息をつく。
俺はアイツのために何をしてやれるんだろうか。
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