97 / 269

5

バタバタと誰かの足音と機械音が聞こえる。 なんの音だろう。 『……が足り……、輸血用意………』 『…型、……ませ……』 誰かの声が耳を通り抜けていく。 目が良く見えない。 暗闇の中に貼り付けたみたいに俺の顔と片腕だけが見えた。 真っ赤な腕に刺さるチューブとその先の輸血袋。 血の気が引く。 必死に手を伸ばし、そのチューブを引き抜こうとする が、すり抜けてそのまま暗闇の中へ落ちていく。 だれかの笑い声が耳をすり抜けた。 「ヒ、ッ……っは、っぁ…、っ…!!」 そんな叫び声のような息と同時に飛び起きた。 ばさり、と布団がどこかに落ちる音と光のない暗闇にここがどこかすら分からない。 ゾワゾワと恐怖に包まれ、体中が寒くなる。 必死に自分の体を抱くと妙にサイズの大きいTシャツとズボンに行き着く。 「……だれ、か……」 気管が詰まったみたいに呼吸が出来なくなる。 ここがどこで、自分が何をしてるのかわからない。 もしかして夢? 夢なら痛みなんてないはずなのに。 心臓の音が頭を支配する。 何も聞こえないくらいバクンバクン、と爆発しそうなくらい。 目の前で血が破裂する。 死ぬ、死ぬ。 暗闇の中、必死に見えない壁を殴った。 誰か、誰でもいいから助けて 誰か 目の前で飛び散る血が、通らない酸素が 何もかもが殺してやると言っている気がして 見えない、聞こえない、わからない 何も、何も 「……き、……」 夢なら、何もかも 壊して 「楠本皐月!!」 目の前に突然現れた光と、抱きしめられた体と 耳元で聞こえる自分の名前に 何もかもわからないのに 「……ごめ、ん……っ、なさ、い……」 何故か そんな言葉を吐いて 「助けて、…くだ、さ…ぃ……っ…」 そんな風に悲願して もう、だって 何もかも壊れているような気がして いや生きてるのかすらもわからなくて それならむしろ消えてしまった方がマシなのに 何故か 何故か生きたいらしくて。 「……俺が、助けてやる。」 その言葉が そんな安っぽい一言が 何故か 俺に"大丈夫"だと証明してくれて 俺はまだ霞んだ視界の中、目の前で波打つ心臓へ耳を押し当て 「離さないで、…お願、い…、…」 と言って目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!