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ベッドの上、青白い顔のまま楠本は洗面器を抱えると顔を真下にした。 それから小さく息を吸って 「…気持ち悪かったら、追い出してもいいから。」 と至って普通のトーンで言った。 「遠慮なくそうする。」 「ん。」 求めていた答えだったのか楠本はコクン、と頷くと俯いたままポツリポツリと語り始めた。 昔昔で始まるおとぎ話だとか、涙を誘う事実談だとか。 この世にはそれは嘘だろうと言ってしまいそうな物語がいくつもあるけれど。 俺はどんな話よりきっと、この話が嘘である事を願ってしまうだろう。 身体中の痛みで目が覚めた。 いつの間にか気を失っていたらしくて。 あぁ、あの男に何をされたんだったか全く思い出せない。 どのタイミングで気を失ったかのすらわからなかった。 ようやく意識がしっかりしてきて、痛みがはっきりとする。 腰や尻と、それから身体中の関節が痛い。 特に痛む腰を押さえようと手をあげようとした時何かがおかしい事に気が付く。 「ん"、……!?」 腕が動かない。 いや、腕どころが体の自由が聞かない。 驚いて目を見開くが視界すらもない。 叫ぶ言葉まで奪われている。 何が起きたのかわからず、恐ろしい程の不安に襲われる。 体を起こすことも何も出来ない。 周りに何があるのかここがどこかすらも分からないんだから。 「……っ、ぅ"……んん、…」 唯一動く顔を左右に振っても何も起こるわけもなくて。 1度目を閉じ、それから痛む腕をほんの少し動かす。 後ろで一纏めに結ばれているらしい。 続いて足を動かすが、こっちは太ももから指の先までまるで動かない。 感覚的には、太もも、膝、足首、指あたりをいくつかに分けて拘束されているらしかった。 俺はどこかの床に転がされたまま一切の自由のない状態でここにいる。 「ふ、っ…ひ、…ぃ……っ」 段々と呼吸が苦しくなってくる。 布を噛まされた口は開かなくて酸素すらまともに吸えない。 怖い、怖いんだよ。 怖くないわけがない。 呼吸が出来なくて、死んでしまいそうな恐怖に襲われる。 動けない、叫べない。 誰も助けには来ないだろう。 「っぅ……、ひっぃ…、ひ…っ、ぅ"…」 苦しい。 死ぬ。 死ぬ? いっそ、死んだ方が 「ん"、っぅ……、!?」 そんなことを考えた瞬間、なにか生暖かいものが唇に触れた。 それからすぐ、布が口から離れると急に酸素が肺に送り込まれてくる。 何度も繰り返し強制的に吸わされる空気に苦しくて藻掻くけれど、まるで意味がない。 「息出来るようになったァ?」 すぐ側から聞こえるねっとりとした声に俺はコクコクと頷いた。 その声が誰なのかなんてすぐにわかった。 意識を失うまで、いやきっと失っても。 俺を何度も犯した男だ。

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