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濡れた髪のまま、ぼーっと外を眺めていた。 周りに建物が見えないくらいここは高い場所らしい。 「…空、近い。」 袖も裾も余ったスエットを引きずってガラス戸に近付き外へ出る。 窓の外は青い空で、人の声が遠かった。 下を見ると小さい車が忙しそうに走って行って微かに電車の走る音が聞こえてくる。 俺がどれだけちっぽけで、世界がどれだけちっぽけで。 俺が学校に行ってないことをしってる人なんてほんの少しで。 「こんなの死んでも、生きても…変わんないよなぁ。」 そう呟いた瞬間、後ろから思い切り髪を引かれて体が引き倒される。 なに、…殺され……? 「お前、馬鹿か!!!」 傾いた体がポスン、と何かに収まり耳を引き裂くような大声が響いた。 「へ…………?」 「…いないと思ったらベランダでフラフラして。人の家事故物件にする気か。」 「…いや、…なんとなく……外が気になって…」 「……はぁ。」 ポタポタと髪から水滴を落としたまま皆木がため息をつく。 ポカンとしていると両肩を捕まれ、「いいか」と前置きを置いては至って真面目な顔で見つめられる。 「精神的に不安な時、そういう小さな事が死に繋がるんだ。判断が出来なくなってる。…どこかに勝手に行くな。」 「…ごめん。」 「分かればいい。ほら、中入れ。髪乾かしてやる。」 皆木の目があまりに真剣だったから俺はこくん、と頷くことしか出来なかった。 ここまで迷惑をかけたんだ。 我儘だとか冗談だとか、そんな事は言えない。 素直に中に入ると皆木は髪をタオルで拭きながら片手でテレビをつけてぼーっと画面を見る。 …あぁ、なんかムカつくくらい絵になる奴だ。 皆木はドライヤー持ってソファの後ろに立つと前を指さしてこっちへ目を向けた。 「ほら来い。」 「…ドライヤーとか久しぶり。」 「だからそんなに髪痛んでんだろ。家にドライヤー無かったのか?」 「あったけど、…」 音出したら家族に言われるから、なんて言えば皆木はきっと顔を顰めるだろう。 …こういう時、気の利いた嘘が言えたら。 「腕、疲れるから…使って無かった。」 「…気持ちはわかるが。冬くらいは使えよ、風引くぞ。」 「ん。」 そう返事をすると頭の上から熱い空気が吹き当てられる。 細くて長い指が髪の隙間を撫でてすり抜けていく。 なんだろうこれ。 なんか、懐かしいような なにか、思い出せない 『皐月、皐月は優しい子だから。きっとたくさんの人に愛されるからね。』 『ほんと?』 『うん。だからね、パパやお兄ちゃん達みたいにたくさん頑張って…優しくて頭のいい子になるの。いい?』 『わかった!僕はね……』 俺は……? 『消えろ!!お前はこの家にはいらない!』 『ごめんなさい、ちゃんと…ちゃんといい子になるから…っ』 俺は、 『お願い、…捨てないで、……っ…』 俺は…何に、なりたかった……? 「楠本。髪、乾いたぞ。」 「……ん、ありがと。」 「ちゃんと乾かした方が髪も綺麗になるだろ。」 「そうかも。」 なにか、思い出しそうだったのに。 そんなに古い事じゃないのに、もう思い出せないのはきっと家族との優しい記憶と思い出で。 後ろで立ったまま髪を乾かし始めるドライヤーの音とテレビの雑音にまみれながら、考えるのはよそうと目を閉じた。

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