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「なぁ、楠本。」
昼のワイドショーを見ていると、後ろから呼びかけられる。
振り向くと皆木は洗濯物を畳みながら顔を上げずに俺の返事を待っているようだった。
「なに。」
「明日からどうする。俺からすれば学校にはまだ行かなくてもいいと思うがお前はそれだと困るんだろ。」
「…できればあんまり休みたくはない。それと、流石にそろそろいえに連絡入れないとまずいと思ってて。」
「あー、確かに家はまずいな。ひとまず電話でもするか?直接変えるよりましだろ。」
その提案に少し悩み込む。
家に電話をしたところで出るのは母さんだろう。
…それで父さんや兄さんの様子を聞くのが一番安全かもしれない。
俺が悪いはいえ、このまま帰っても何が起こるかはだいたい想像がつく。
「…そうする。」
「よし。電話とってくるから待っとけ。」
「え、今…?」
「先延ばしにするか?」
「ぅ…いや、今でいい。」
先延ばしにするか?という言葉にチクリと胸が痛む。
先延ばししたところで別に状況は変わらない。
それに、今するのが一番早いならその方がいいだろう。
遠ざかる足音に縮こまってテレビを見つめる。
あぁ…なんだか、生きにくい。
「電話番号、覚えてるか。」
「ん。」
「隣にいた方がいいか?」
「…いや、一人でいい。どうせ母さんだろうし。」
「そうか。電話終わったら昼にするか。朝は結局食ってないしな。明日からの事は飯食いながら考えればいい。」
「わかった。」
電話の子機を受け取って頷くと、皆木は台所へ向かっていく。
ただ、家のことを聞くだけだ。
…何も怖くない。
人差し指で一つずつ番号を打っていく。
ドクン、ドクンと心臓の音が響く。
そっと耳へ電話を当て、電子音に耳をすませる。
心のどこかで「出ないでくれ」と願っている自分がいた。
『はい、楠本です。』
その声に、ドクン、と心臓が大きくなった。
…大丈夫だ。 大丈夫。
「…ごめん、皐月…だけど。」
『どうしたの?』
「ぇ……いや、…」
どうしたの?
どうしたって、どうしたんだろう。
『お父さんに変わる?』
「か、…わらなく…いい。」
『そう。』
「……あのさ。」
口の中が熱くて言葉がうまく出ない。
母さんは今、どんな顔をしてるんだろう。
怒ってる?心配してる?
それとも、何も感じていない?
「ずっと、帰ってなかったから。」
『そう。』
「父さんとか…兄さんとか何か言ってなかった?」
『…ねぇ、皐月。』
「え、…なに。」
久しぶりに呼ばれる自分の名前にドクン、とまた心臓が波打った。
親に呼ばれる名前がこんなに嬉しいと思わなくて。
少し嬉しくて頬が上がる。
『帰ってきてない間、すごく家は静かだったよ。…もう少し、外にいてくれないかな。』
「…え?」
『お父さんも貴方のお兄ちゃんも。皐月がいない方がね、穏やかでいられるの。…わからない?』
「……いない方が、いい?」
電話を持つ手が震える。
どうして
どうしてそんなに優しく言うんだ。
いらないなら、もっと前から
『外に皐月のいる場所があるんだよね。貴方がいない方が、…この家は平和なの。』
「…そう。ごめん、わかった。…ごめん、ずっと…あのさ、…わかってなくて。」
『ううん。物分りがいい子で良かった。皐月は昔からそうだったもんね。いい子だもんね。』
「……うん。」
早く帰ってこいとか、何をしてたんだとか怒鳴り散らされる方がよっぽど幸せだった。
…そう、要らないか。
いた方がきっと昔から邪魔だったんだろうな。
馬鹿だ。
だから俺は馬鹿なんだろうな。
『またね。』
「……ん。」
プツリ、と途切れる音と聞こえてくる電子音を暫くそのまま聞いていた。
いらない、と言われてしまった。
もう帰る場所も無くなってしまったんだと見せつけられたようだった。
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