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逃げ道

何気ない会話と、何気ない食事と。 そんな風に何もなく一日が終わろうとしていた。 昼も夜も別に特別変わった事は無かったし、強いていえば普段は見ない昼のワイドショーに2人して食いついたり夕飯に頼んだラーメンが思っていたよりも油っこくて食べきれなかったくらいだ。 楠本は相変わらずあまり感情は出さないし、俺も別にそこまで派手に笑うこともなかった。 たまにお互い目が合ってなんとなく逸らすようなそんな時間があっただけだ。 夜、11時を過ぎた頃。 明日は俺も休むわけに行かないからと早めに寝ることを提案した。 楠本は「俺も明日は行く」と1言そう言うと強い目で俺を見上げた。 きっとこれ以上休ませる事は出来ないだろう。 「教室に登校するのは正直進められない。」 「…それじゃ勉強出来ないだろ。」 「気持ちはわかるが、その怪我だ。1人で階段を昇り降りするのも難しいだろ。」 「そう…だけど。」 そう言って楠本の体へ指を指す。 口だけは元気だが、体は今も包帯だらけで足首は酷い捻挫をしているらしい。 長い間拘束されていた関節はまだ痛みが強いと本人が言っていたし、実際歩いている様子はおぼつかない。 「保健室登校にしろ。勉強なら俺が教える。」 「…保健室登校、って…。」 「勉強なら俺が教える。急に全部に取り掛からなくても少しずつ日常に戻していけばいい。」 「……あんたが、そこまで言うなら…そうする。」 「よし。聞き分けがいい方が素直でいいぞ。」 楠本は少し嫌そうな顔をするがコクン、と頷くももう反論はしてこなかった。 今日は明日に備えて寝よう。 と、立ち上がったが昨日のことを思い出す。 一人で寝かせるのは良くないだろう。 「楠本、今日は俺の部屋で寝るか。」 「…迷惑にならないなら。また、…変に暴れても困るし。」 「別に迷惑にはならないって言ってる。暴れてもいいが怖い記憶ばっかり増えてくだろ?それはあんまり良くない。」 「怖い記憶…確かに、そうかも。」 何かに納得したようにそう言うと「横で寝させて」とだけ言った。 俺が「行くぞ」と歩き始めると楠本は鳥の子供のように俺の後ろにピッタリついて追ってくる。 黙っていれば可愛いのにな、なんて言えばきっと怒るだろう。 キングベッドに横になり布団を腰までかける。 片手にスマホを持ち、明日の授業の予定を見ようと画面に触れていると入口付近に立ったままの楠本が戸惑ったように俺を見下ろしてくる。 「…どうした?」 「どう寝ればいいのかわからない。」 「はぁ?…別にここに寝転がればいいだろ。」 「…なんか、思ってたよりも恥ずかしい。」 「そりゃ誰かと同じベッドで寝るなんて早々ないだろうからな。」 そう言うと余計に意識したらしく、少し顔を染めると手の甲で口を多いながら俯く。 それから意を決してもぞもぞと布団に入ってきたかと思うとそのまま背中を向けてしまう。 「お前がしおらしいと調子が狂うな。」 「…五月蝿い。」 そんな声に"いつも通りだ"と安心する自分がいた。

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