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来客用のスリッパへ足を入れ顔を上げる。 ここは教員用の玄関だから生徒は俺しかいない。 けれど、少し向こうの廊下には生徒が溢れてあちこち見慣れた制服が歩いていく。 皆木はいつもの黒い靴へ履き替えると鞄の中から白衣を取り出しその場で大げさに風を煽りながらそれを羽織る。 視界に広がる白はいつ見ても好きではない。 「さ、行くか。」 「…ん。」 皆木の背中にピッタリとくっついて廊下を進んでいく。 少しずつ生徒の声が近付いてくる。 いつから学校がこんなにも怖いと思うようになったんだろう。 こんな状況じゃきっと教室に入る事すら出来なかっただろう。 「皆木先生おはよーございまーす」 「あぁ、おはよう。」 そんな声が時々聞こえてくる。 とんでもない教師だが、そりゃすれ違えば挨拶くらいするだろう。 なんだか肩身が狭くて俯く。 「なぁ、あれさ。」 「あーΩの。ちっちぇの。」 後ろから聞こえた声にビクン、と体が揺れるのが分かった。 名前よりもΩだという事だけが独り歩きしているらしい。 気持ち悪い。 グルグルと回る気持ち悪さに足を止めると、少し前まで行ってしまった白衣も同じように止まった。 「気持ちが悪いか。」 「……大丈夫。」 「あと少しだ。頑張れよ。」 「ん。」 その声に頷き顔もあげずに前へ歩き出す。 視界にチラリと入る白衣が今だけは安心できる要素だった。 不意に前の白衣が止まると、腰に手が当たり横の部屋へ押し込まれる。 驚いて顔を上げるとそのは見慣れた保健室だった。 「到着。よく頑張ったな。」 「…こんなので褒められてたらバチが当たる。」 「今はそれでいいんだよ。」 「病人みたいに扱われるのはあんまり…嬉しくない。」 「あのな…お前は早く甘えていい時を知れ。」 そう言われて少し弱る。 苦しいだとか痛いだとかはわかるけれど、それで他人に許されるタイミングがわからない。 そんなこと、言えばきっと困らせてしまう。 「ごめん。」 「別に謝らなくてもいい。そこ、座れ。」 「ん。」 机を指さされ、素直に頷きそばの椅子に座る。 いつも異常な状態で来てたここに冷静な状態でいるとなんだか違和感がある。 落ち着かずキョロキョロ周りを見ているとコトン、と目の前にマグカップが置かれた。 「俺は朝のホームルームがあるから。それ飲んで待っとけ。」 「…いい匂い。」 「はちみつレモン、飲みたがってただろ?それが飲み終わるまでには戻ってくる。」 「わかった。」 そう返事をすると皆木は俺の頭をクシャリと撫でて離れていってしまう。 皆木は人の頭を撫でるのが癖なのかもしれない。 白い湯気の合間を揺れる白衣を追いかけそうになって慌ててやめた。 マグカップを覗き込むと、ぷかぷかとレモンがひとつ浮いていた。 遠くからパタンと扉の閉まる音が聞こえる。 ドクン、と波打つ自分の心臓に怯えてしまう。 一人になっただけでいちいち怯えていたらどうにもならないのに。 なんとなく、指先をマグカップの中に沈めてみた。 湯気が出るほど熱い液体に触れればどうなるかは分かってるはずなのに。 「………あれ。」 違和感に指をもっと深く押し込む。 人差し指の根元までマグカップに埋まって、それからゆっくりと引き出して赤くなった指を見つめる。 「熱く、ない。」 水滴の落ちる指を見ながらポカンとしていた。 痛みも熱さも感じない指がおかしくて。 ?マークを頭に浮かべたまま一人きり首を傾げていた。

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