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落ちたマグカップを見ながら黙り込む。
今、前を向けばあの子はどんな顔をしてるんだろう。
驚いた顔をしてるかな、それとも怯えているのかな。
そんな風に考えていると後ろから扉の開く音が聞こえてくる。
腕時計を見るとホームルームの終了時間を少しすぎた頃だった。
ここに来るのは1人しかいないだろう。
「ただい……おい、奏斗なんでお前、ってどうしたんだそれ。」
「あはは、おかえり優。ちょっと手が滑っちゃって。」
「滑ってって…破片集めるから動くなよ。」
「ごめんね。」
優が慌てた様子でボクの元へ来ると破片を手で掴みながら心配そうにボクを見上げた
ボクはそんな優を見下ろしながら眉を下げて笑ってみる。
この男は単純だから。
「どこか怪我したか?」
「ううん、大丈夫さ。楠本くんもごめんね、驚いたでしょ?」
「……いや、…俺は平気だけど。」
「今は自分の心配しろ、馬鹿が。」
その場にいる中で一番可哀想な人に優しくする男だから。
ほら、大成功。
ボクは優が顔を上げるのと同じタイミングで手を大袈裟に抑えて少し顔を歪めてみせる。
視界の端にはチラチラと心配そうな顔のあの子が見える。
邪魔…だなぁ。
「おい、やっぱり怪我したんじゃないのか?」
「…いや。まだ熱かったから少し火傷しちゃったみたい。」
「な、…火傷は放っておいたら治らなくなるんだ。さっさとこっち来い。」
「ちょっと引っ張らないでよ、優。」
血相を変えてそう言うとボクは手を引かれ水道まで連れていかれる。
勢いよく流れる水に手を入れると冷たい水を手全体にかけながら「痛くないか」と繰り返し囁いた。
「優は優しいね。」
「怪我人は放っておけない。」
「ボクはもう子供じゃないよ。火傷くらい自分でなんとか出来るさ。」
「その結果が放置だろ。」
「あはは。ねぇ、優。」
と、優の方へ顔を向けるとボクの方を向いているはずの顔はあの子の方を向いていた。
顔、上げなきゃよかった。
ボクは優の手から逃れるように腕を引っ込めるとその場を離れる。
ちょっかい出すべきじゃなかった。
「おい、奏斗。」
「ボク次授業なの忘れてた!ありがとう、優。楠本クンもまたね。」
「え、…あ……」
「酷くなったらすぐ言えよ。」
「もちろん。」
ヒラヒラと手を振り、逃げるように保健室を飛び出す。
扉を背に俯く。
少し前までボクらは世界で2人きりみたいに生きてきたのに、あの子が現れてから何かが狂い始めた。
たった1ヶ月程度でボクの手から離れていった。
「……ボクの、…方が……」
優のこと好きなのに。
「へぇ……先生もそんな顔するんですね。」
「………え?」
思わず口にした一言の後に、頭上から誰かの声が聞こえてきた。
ボクは驚いて顔を上げるけどその顔に見覚えはなかった。
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