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「…結局脅しじゃないのかな、それ。」 「そうなるかもしれませんね。」 千葉クンはクスリとも笑わずにそう言う。 取っ付きにくい子だな。 別になにか目的がないなら、これを脅しにして何をするつもりなんだ。 これはすぐに終わる話じゃないらしい。 「ちゃんとお話しよっか。何か飲む?」 「親に知らない人に出された物は飲まないようにって言われてるので。」 「知らない人って先生だよ?信用無いなぁ。」 「それに先生、なんか薬とか盛りそうじゃないですか。怖いんで。」 「…あはは、しないよそんなの。ボクはジュースでも飲もっかなぁ。」 真っ直ぐな目から逃げるように冷蔵庫へ向かう。 …なんなんだろう、この子。 怖いというよりは狂気を感じる。 何かがおかしい? 見透かされているような、知るはずのない事を知っているようなそんな気になってしまう。 コップにコーラを注いで口をつけながら席に戻ると、彼は指を指す。 「それなら飲みますよ。」 「あはは、もしかしてボクのファン?」 「自分が飲むのに毒入れたりしないと思うんで。」 「…は?」 「その顔。さっきと同じ顔してますね。」 思わず聞き返した声に楽しそうに笑うと片手で口元を隠す。 ボクは飲みかけのコーラを机の上に戻すと、息を整える。 こんなとこで取り乱したりしたらこの子の思い通りだ。 いつも通り、いつも通り。 「それで話を戻すけど。脅しだとして…ボクをどうしたいの?」 「どうってただ気になっただけです。」 「さっきボクが言ったことが?」 「はい。好きって、皆木先生の事がですか?」 ドクン、と心臓が大きく波打つ。 言葉にされると思っていたよりも破壊力が強くて。 好きになったらいけないなんてことない。 堂々と言ったっていいはずだ。 …なのにどうしてこんなに後ろめたくなるんだろう。 「…違うよ、中ではちみつレモンを飲んでたからその事さ。」 「あぁ、落としたやつですか?」 「っ、お前どこから聞いてたんだよ…!」 「…怖。」 思わず張り上げた声に千葉クンは両手の平をボクに向け、全く驚いてないような顔でそう言う。 カッとなった自分が悪いのだけどもう気分が悪くて仕方ない。 はぁ、とため息をついて肩肘をついて俯くと彼は淡々と声色を変えずに語り出す。 「そんな性格してるんでもっとキャラ作りちゃんとしてるのかと思ってました。」 「キャラってやめてくれるかな…」 「違います?」 「…違うよ。別にキャラとかじゃない。ボクはボクだし今までが嘘だってことでもないさ。取り乱して口が悪くなっただけ。」 「いつも生徒がやらかしてもニコニコしてるのは?」 生徒がどうなろうとボクには関係ないからね、なんて言ったらこの子はさらに調子に乗るだろう。 苦手な質問と隠していた何かに踏み込まれる感覚に追い込まれていく。 …あぁ、だから人は苦手なのに。

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