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こんな時、どう接すればいいのか正直わからなかった。
腫れ物に触れる様なのはあまりコイツは好まないだろう。
かと言って今まで通りに接するのも難しい。
楠本は椅子の上で膝を抱えたままぼーっと斜め下を見たままずっと動かなかった。
本人も相当ショックを受けているらしい。
「3時間目、授業があるからな。ここで一人で待ってられるか。」
楠本は一度頷く。
「何して待ってる?」
そう尋ねると楠本は手を机へ置き、何かを書くような動作をした。
…あぁ、筆談じゃないと会話は難しいのか。
俺は慌てて引き出しの中から紙と鉛筆を取り出す。
楠本の前へ出すとすぐに鉛筆を手に取り文字を連ねた。
『勉強』
「勉強?…そういや、そのために来たんだったな。なんの教科がいい?」
『全部』
「…いきなり詰め込めるわけないだろ。」
『3教科』
「わかった。教科書を取ってくる。」
右肩上がりの文字と俺の声での会話は歪でどこか気持ち悪い。
それで気が紛れるなら、とすぐに教科書を取りに行こうとすると白衣が引かれクンと体が後ろに引き戻される。
驚いて振り向くと楠本の目は下を向いていて片手は鉛筆を握っていた。
『おれも行く』
「…そうだな。」
1人になりたくない、それが本音だろう。
俺がそう言うと楠本は足を下ろし立ち上がると俺を見上げた。
俺は楠本が無理をしなくて済むようにゆっくりと歩き出す。
出来るだけ楠本が自分から助けを求めなくていいように、俺が気付いてやらないといけない。
コイツは人よりも"助けて"と言うのが苦手だろうから。
「これ持ってけ。」
バインダーに紙を挟み、上にボールペンを刺して渡すと楠本はコクンと頷きそれを大切そうに抱きしめた。
今は意思を伝える方法がこれしかないんだ。
お互い歩幅を見ながらゆっくりと一歩ずつ進んでいく。
また1歩、俺達は近付けただろうか。
*
保健室に戻ってきてから、楠本は食らいつくように教科書に向き合っていた。
今やっているのは数学らしいが保健室にはガリガリとペンが紙を引っ掻く音が間を開けずに響いている。
元々頭がいいやつだ。
集中できる環境さえあれば理解する頭はあるって事だろう。
「わからない事があればいつでも聞けよ。」
とは言っておいたが、これなら俺の出番はほとんどないかもしれない。
集中して取り組んでいたが2時間目が終わるチャイムが鳴るのと同時にずっと下を向いていた楠本の頭がようやく上がった。
「休憩時間だ。」
『わかってる』
「俺はもう行くからな。一時間後には戻ってくる。」
楠本はその声に一度頷くとペンを投げ出して手首をくるくると回した。
ノートを覗き込むが、大方理解出来ているらしい。
「あんまり無理はするなよ。」
コクン、と一度頷くとそれ以外何も発さなかった。
*
それからはずっと同じような何も無い日々が続いた。
文字通り、何も無い。
ただ生きているだけのような日々だった。
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