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朝、8:50。
休日の駅前はいつもより少し賑やかで人通りが多い。
かと言って近くのショッピングモールの開店時間はまだ先だしカップルの待ち合わせには少し早い時間だ。
だからボクがここに立っていればすぐに見つかるだろう。
ボクは薄手のカーディガンのポケットへ携帯を押し込み、何もかも忘れたように壁にもたれたまま前だけを見つめた。
なんでこんな事になったのか。
誰かと外へ外出するのも、一日を共にするのも久しいはずなのにその相手がよく知らない赤の他人だなんて。
「先生。」
自己嫌悪に陥っていると、横からそんな声が聞こえた。
目線を向けると千葉クンが少し不安げにボクを見つめていた。
呼び出しておいてその顔はないだろう、と少しおかしく思ってしまう。
「おはよう、何その顔。」
「いや。思ってた容姿と違って本人か悩んだので。」
「思ってた容姿?」
そう言われて振り向いては駅の窓ガラスに写る自分の姿を見る。
紺のカーディガンに白いシャツと細身の黒いジーンズ。
髪を後ろに束ねているのも学校と変わらない。
よく分からず「どこが?」と首を傾げると彼は困ったように眉を下げた。
「…いえ、スーツの姿しか見てなかったからかも。」
「まぁそうかもね。キミも私服だとあんまり威圧的に見えないよ。」
「それは良かったです。あの、ちょっといいですか?」
「ん?な、……」
何?と聞くより先に彼の手がボクの体へ触れる。
シャツの上から容赦なく腹に触れたかと思うと、そのまま捲りあげてあからさまに嫌そうな顔をする。
「…に、するのさ…っ!」
「いや…細いな、と思って触ったんですけど…気持ち悪くて……」
「キミ、勝手にしといてその態度なに?…あぁもう。触られるのは得意じゃないからやめて。」
彼の手を弾いてため息をつく。
彼が気持ち悪い、と言ったのは多分肉付きの悪さだろう。
シャツを捲れば骨が見えるし触れば肉がないのもわかる。
…だから基本的に体型のわからない服を着てるのに。
「飯食べてます?」
「それ、これからする事に関係ある?無いなら答えないけど。」
「答えなかったらばら撒きます。」
「……あんまり食べてない。」
「どうしてですか?」
前言撤回。
この子は制服だろうが私服だろうが、例え場違いな園児服を着てようが威圧的な事には変わりないだろう。
"答えないとばら撒きます"
って質問の度に目が訴えてくる。
「食べるの、得意じゃないんだよ。」
「なんでですか?」
「…それも答えなきゃならないの?」
「はい。」
「小さい頃に親に言われた事のせい。」
「なんて言われたんですか?」
一つ質問に答えれば一つ聞いてくる。
最初から箇条書きにして置いてほしいくらいだ。
…この子といると、何もかも洗いざらいにされてしまう。
「どうしても、答えないとダメ?生まれてこの方誰にも言ってないんだけど。」
「皆木先生にもですか?」
「そーだよ。」
「…そんなに嫌ならいいです。別に嫌がらせしに来たんじゃないので。」
「はぁ…もう遅いけど。」
今更嫌がらせじゃないなんて、都合のいい言葉だ。
…調子が狂う。
ボクはわざと下を向いて「それで」ときりだした。
「今からボクは何されるの?」
「別に如何わしい事はしません。まずは美味しいものを食べに行きましょう。」
そう言って大きな手に手首を握られる。
ぐい、と引かれボクはそのまま前のめりに歩き出す。
「…は、…はぁ…、?」
なんだか 意味のわからないことになりそうだ。
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