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手を引かれたまま半ば引きずられる様に連れてこられた先は珍しく朝早くから空いているレストランだった。
まだ時間は九時過ぎ。
そんなに店内は混んでないらしい。
「ボクはキミと朝ごはん食べるために早起きしたのかな…?」
「本当は違ったんですけど、とりあえず食べさせないとなと。」
「…余計な気遣いありがとう。」
案内されて席に座ったのと同時に、店員が水を出すより先に千葉クンはメニューを開く。
ボクは目の前に置かれた水道水を脇に避け肘をついてそんな彼をメニュー越しに見上げる。
「お決まりですか?」
そんな店員の声に彼は間髪入れずに注文を始めた。
「ハンバーグセット2つ、両方ライス大盛りで。あとシーザーサラダとガーリックトースト。…他に何か食べます?」
「え?…ボクはドリンクバーだけでいいよ。」
「じゃあ、あとドリンクバー2つ。サラダとトーストの取り分け皿ください。」
「かしこまりました。ドリンクバーはセルフサービスとなりますのでご自由にご利用ください。」
店員が頭を下げて去っていく。
ボクは少しバツが悪そうに体を起こして千葉クンへ目を向ける。
「あの、随分頼んでたみたいだけどボク食べないよ?」
「食べないとばら撒きます。」
「……あのね。」
「最後にまともなもの食べたのいつですか?」
「あー……金曜の夜、かな。」
「昨日ですか?」
「いや。先週の。」
と、答えるのと同時に千葉クンはまた眉を顰める。
…その顔苦手だからやめてくれないかな。
他人から生活環境にあれこれ言われるのは好きじゃない。
ましてや彼は知り合ったばかりの本当の赤の他人だ。
「先生知ってますか?人って食べないと死にますよ。」
「知ってるよ。」
「じゃあなんで…」
「別に最低限の栄養は取ってるし、この通り元気さ。キミは説教しに来たの?それなら帰るよ。人に指図されるのは嫌いなんだ。」
「…気を悪くさせたなら謝ります。でもその細さは異常です。」
ボクが明らかに不機嫌そうに言ったからだろう、千葉くんは少し弱々しく言った後にボクの体を指さした。
今更こんな子に言われなくたって自分が一番知ってる。
シャツの首元に触れ、空いていた二つのボタンを閉める。
きっと彼にとってはこの隙間から見える肌も気になるんだろう。
「先生身長は?」
「175くらいかな。」
「体重は?」
「…忘れた。」
「60あります?いや、無いですよね。55は?」
「知ってどうするのさ。」
都合の悪い質問にイライラする。
答えたって答えなくたって立場が悪くなっていく。
痩せてたって、だからって他人に迷惑かけるわけじゃない。
…関係ないくせに関わられるのが一番苦手なんだ。
「答えてください。」
「…無いよ、50あるかないかくらいじゃないかな。見たくないから測ってない。」
答えたんだからもういいでしょ、と立ち上がりその場を離れる。
本当はこんな場所から逃げ出したい。
でも逃げ出したところでボクが不利になるだけだ。
仕方なくドリンクバーでグラスにコーラを入れ、そのまま前を見上げた。
金属の壁に木の枝みたいな腕が写る。
「……面倒くさい。」
何、律儀に答えてるんだろう。
黒い液体を喉に流し込んで一つ息をついた。
ズカズカと土足で踏み込んでくる彼を心底鬱陶しいと思った。
ボクはただボクのためだけに生きているのに。
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