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抜け殻
ノートに数式を書きなぐる。
今までの遅れを取り戻さなきゃならない。
これくらい、すぐに追いつける。
誰よりも一番に努力すれば理解できる。
その、はずなのに。
理解できるはずの数式が頭に入ってこない。
組み立てれば解けるはずなのに、組み立て方がわからない。
なんで?
前まではこれくらいすぐに理解して次に進めたはずなのに。
「楠本、気張りすぎだ。少しは休憩しろ。」
背後から聞こえる声に俺は振り返らずに首を横に振る。
休んでる暇なんてないんだ。
少しすれば中間テストがあって、それまでに成績を戻さないといけない。
休んでた分、点数で稼がないといけないんだ。
そうしなきゃ、本当にあの家には帰れなくなってしまう。
「そんなに根詰めても効率が悪くなるだけだろ。」
『数学が終わるまでは休憩はできない』
「数学が終わるまでって…何日寝ずに勉強する気なんだ。」
『終わるまで』
ノートの端に書いた文字に皆木ないちいち文句をつけてくる。
感謝はしている、でも言うことを聞くわけにはいかない。
成績トップにならないといけないんだ。
こんな所で躓いてる場合じゃない。
「…はぁ、わかった。分からないところがあればいつでも聞きに来いよ。あと休憩はちゃんとしろ。」
コクン、と頷くと皆木は部屋から出ていった。
声が出なくなったあの日から、何かが吹っ切れたように悲しさなんて消えてしまった。
声がなくても何かが無くなっても勉強さえすれば生きていける。
いや、今はそれしか出来ることがない。
これ以上皆木に迷惑はかけられない。
個人的な迷惑でもういっぱいなのに、それにプラスして生徒としても迷惑をかける訳にはいかない。
「ハァ、……」
ため息の音だけが部屋に響いた。
シャーペンを投げ出し、黒くなった手を見つめる。
なんでこんなに理解出来ないんだ。
……Ω、だから?
恐ろしい思考が頭に浮かんだ。
もしそれが本当なら、俺はこれから一生…?
「ッ、………、…」
呼吸が詰まる。
何も考えたくない。
今投げ出したばかりのシャーペンを手に取り、もう一度教科書を睨みつける。
今からわかるはずだ。
俺は落ちこぼれなんかじゃない。
何度書いてもイコールの先が繋がらない。
息が苦しくて首を絞めた。
生きるのが、苦しいよ。
ふと目を横に向けるとマグカップと小さなオニギリが2つ並んでいた。
皆木が置いてくれたものらしいけど、いつここに来てたのかわからない。
マグカップの中にはレモンが浮いていて甘酸っぱい香りがするがもう冷めきっていた。
表面が乾いてもう固くなっている。
俺は何時間ここにいたんだ?
その間に何問解けたんだ?
「………ヒュ-……、…」
あー、と伸ばした音が掠れる。
今の俺って 一体、何が残ってるんだろう。
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