127 / 269

3

どうして。 それが最初の感情だった。 それから次に、どうしよう。 と、そんな気持ちが畳み掛けてきた。 いつか言わなきゃならない事くらいわかっていた。 いつまでも隠しておける問題じゃないと。 「……なぁ、楠本。俺は知っておきたい。そんな中途半端な気持ちで関わっていきたくない。」 それが優しさからくる言葉だってことも俺にはわかっていた。 それでも、どうしても知られたくなかった。 知れば俺は嫌われてしまうかもしれない。 もうこれ以降、この歪な関係が途切れてしまうかもしれない。 俺は皆木の目を見るのをやめ、フローリングへ目線を移した。 誰にも言えない秘密。 聞けば誰だって非難して俺を嫌うだろう。 『なんで』 とだけノートの端に書く。 もし皆木の発言に根拠がないなら、何も言えないはず。 その時は気のせい、だとか誤解、だとかそんな分けないだろ、とか。 そんな曖昧な言葉で濁せばいい。 「学校に生徒それぞれの資料がある。前にお前の言動が気になってその生徒表を見たんだ。そこには2年生以前のデータにαの印が押されていた。 根拠はそれだけだ。それ以上は何も知らない。」 ゴクン、と息を呑む。 知られたくない無い事を言わなきゃならない。 …言うのか? 俺はαにもΩにも、もちろんβにもなり損ねた人間だって。 俺は 人間の落ちこぼれだって。 「どうしても言いたくないか?」 俺は手からペンを離しそのまま動かなかった。 声が無いのは不便でしかないけれど、意識しなくても黙ってられるのは利点だ。 今なら殴られたって脅されたって口には出来ない。 ……あぁ、そんな醜い過去が俺にはあるって事だ。 「楠本……?」 立ち上がり、皆木の声を無視して部屋を出ていく。 息がしにくい。 クラクラと視界が揺れて頭が割れるように痛む。 後ろから俺の名前を呼ぶ声がして、肩に手が触れた。 今は一人になりたい、何も考えたくないんだ。 その優しい手を振り払い俺のために与えてくれた部屋の扉を開く。 中へ逃げ込むように入ると、そのまま扉の前にしゃがみ込んだ。 もう勉強が理解できる頭もない。 昔みたいにきっと早くは走れないし、高く飛べもしない。 兄弟や父親のように優秀な医者にもなれないし、番を作って幸せになることも出来ない。 全部、全部わかっていたことなんだ。 俺があの日Ωになった日から。 もう人の下で生きていくって受け入れたはずだったんだ。 「楠本、開けてくれ。言いたくないなら言わなくてもいい。…なぁ。俺はまだお前の力にはなれないか?」 生まれた時から金があって、不自由がなくて。 背が高くて、頭が良くて、真っ当に働いて。 慕ってくれる友人と目を惹く魅力がある。 そんな典型的なαのあんたにはわからないだろ。 俺はもう、何も残ってないんだ。 それを伝える声すらもどっかに消えた。 こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに涙も出なかった。 「………ハ、……ッ……」 そういやいつから泣いてないんだ。 ほんと、終わってんなって。 なんだか笑えた。

ともだちにシェアしよう!