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どうして。
それが最初の感情だった。
それから次に、どうしよう。
と、そんな気持ちが畳み掛けてきた。
いつか言わなきゃならない事くらいわかっていた。
いつまでも隠しておける問題じゃないと。
「……なぁ、楠本。俺は知っておきたい。そんな中途半端な気持ちで関わっていきたくない。」
それが優しさからくる言葉だってことも俺にはわかっていた。
それでも、どうしても知られたくなかった。
知れば俺は嫌われてしまうかもしれない。
もうこれ以降、この歪な関係が途切れてしまうかもしれない。
俺は皆木の目を見るのをやめ、フローリングへ目線を移した。
誰にも言えない秘密。
聞けば誰だって非難して俺を嫌うだろう。
『なんで』
とだけノートの端に書く。
もし皆木の発言に根拠がないなら、何も言えないはず。
その時は気のせい、だとか誤解、だとかそんな分けないだろ、とか。
そんな曖昧な言葉で濁せばいい。
「学校に生徒それぞれの資料がある。前にお前の言動が気になってその生徒表を見たんだ。そこには2年生以前のデータにαの印が押されていた。
根拠はそれだけだ。それ以上は何も知らない。」
ゴクン、と息を呑む。
知られたくない無い事を言わなきゃならない。
…言うのか?
俺はαにもΩにも、もちろんβにもなり損ねた人間だって。
俺は 人間の落ちこぼれだって。
「どうしても言いたくないか?」
俺は手からペンを離しそのまま動かなかった。
声が無いのは不便でしかないけれど、意識しなくても黙ってられるのは利点だ。
今なら殴られたって脅されたって口には出来ない。
……あぁ、そんな醜い過去が俺にはあるって事だ。
「楠本……?」
立ち上がり、皆木の声を無視して部屋を出ていく。
息がしにくい。
クラクラと視界が揺れて頭が割れるように痛む。
後ろから俺の名前を呼ぶ声がして、肩に手が触れた。
今は一人になりたい、何も考えたくないんだ。
その優しい手を振り払い俺のために与えてくれた部屋の扉を開く。
中へ逃げ込むように入ると、そのまま扉の前にしゃがみ込んだ。
もう勉強が理解できる頭もない。
昔みたいにきっと早くは走れないし、高く飛べもしない。
兄弟や父親のように優秀な医者にもなれないし、番を作って幸せになることも出来ない。
全部、全部わかっていたことなんだ。
俺があの日Ωになった日から。
もう人の下で生きていくって受け入れたはずだったんだ。
「楠本、開けてくれ。言いたくないなら言わなくてもいい。…なぁ。俺はまだお前の力にはなれないか?」
生まれた時から金があって、不自由がなくて。
背が高くて、頭が良くて、真っ当に働いて。
慕ってくれる友人と目を惹く魅力がある。
そんな典型的なαのあんたにはわからないだろ。
俺はもう、何も残ってないんだ。
それを伝える声すらもどっかに消えた。
こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに涙も出なかった。
「………ハ、……ッ……」
そういやいつから泣いてないんだ。
ほんと、終わってんなって。
なんだか笑えた。
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