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「なぁ、聞こえてるだろ。」
冷たいフローリングの上で扉の向こうへそう話しかける。
当たり前だが返事はない。
この向こうに楠本がいるはずなのにそれを確かめる術がなくどうしようもなく不安になる。
もしかしたら窓から飛び降りてしまってるんじゃないか。
もしかしたら壁を突き破ってるんじゃないか。
なんて、あるはずの無い何かを想像してしまう。
アイツはいつも言い出せないまま逃げ出してしまうから。
「…そこにいるよな。」
ドアへ背を預けてそう呟く。
声は聞こえない、聞こえるわけがない。
目を閉じて暗い廊下の中で一人佇んでいた。
傍にいるはずなのに心細くて仕方が無い。
すると、トンと爪の先がドアに当たったような音がした。
あぁ。
確かにそこにいるらしい。
「お前にだけ何もかも話させるのは良くないな。確かに不公平だ。」
目を閉じ、廊下の幅ギリギリまで足を伸ばす。
これがなんの意味になるかは知らない。
鼻で笑われて終わりかもしれない。
でも、これが少しでもアイツが俺を信頼する鍵になるならどんな事だって話すのは苦痛じゃないだろう。
だってアイツは逃げ出したいくらいの過去を既に俺に覗かれているんだから。
「俺は生まれてすぐに親に捨てられた…っていえば聞こえは悪いかもしれない。別に戸籍も名前も全部親のままだが育ては赤の他人だ。
全くの知らないおっさんに毎日毎日気持ち悪いくらいに愛されて育った。親は海外で暗い仕事をして金を稼いでるって事しか知らない。知りたくもない。」
思い出したくもない話。
誰にだってそんなに過去があるだろう。
忘れたフリをして閉じ込めていたあの日を、一つ一つ紐を解くように蘇らせていく。
それは子供らしくない崩れた幼少期と汚い金にまみれた命で。
きっと誰だって 醜い と言って怪訝するだろう。
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