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映画館の看板を見上げる先生を横から眺める。
看板を見ているように見えて、頭の中はきっと空っぽなんだろう。
「見たいのってどれなんですか?」
「…うん。」
「…先生、会話になってないんですけど。」
「え?」
先生はハットしたように俺の顔を見ると暫くしてパァ、と笑顔になった。
…この人のオンとオフのタイミングがイマイチ分からない。
俺がよく分からず首を傾げると
「さ、行こうか!」
と言っては俺の服の裾を摘んで軽い足取りで映画館へと入っていく。
情緒不安定なのか。
それとも、なにかに気が動転しているだけなのかこれだけじゃ分からない。
「先生、何見るんですか。」
「キミが好きなのでいいよ。」
「さっき見たいのがあるって……」
「嘘だよ。嘘。ボク、誰かと映画を見に来るなんて高校生の時以来だしね。」
「は…はぁ、……」
もしかして、いやもしかしなくても。
俺はこの人に都合よく振り回されているのかもしれない。
俺がこの人を振り回すつもりだったのに。
でも、下手な嘘をつくくらい先生は俺と一緒にいる時間を求めてたってことだ。
それは…いい理由じゃないとしても。
「さっきの電話、なんて言ってたんですか?」
「別に。生徒についての相談だよ。」
「でも何か取り乱すような事が…あったんですよね?」
そう言うと先生はピタリと足を止める。
踏み込みすぎたか?
服から手が離れてダルンと手が落ちる。
無理して笑って、無理なテンションでいたんだろう。
自分をつくろうのに随分必死らしい。
「ね、単刀直入に聞くけど。キミはボクのこと嫌いなの?」
「え。そう見えます?」
「そりゃね。」
見当違いな質問にキョトンとする。
俺が先生を嫌いだなんてなんでそう思うんだろうか。
嫌われるような事をしても、嫌いだと思わせる事をしたつもりは無かったのに。
少し屈んで先生の顔を覗き込むがあまり明るい顔をしていなかった。
「正直、好きです。」
「は………?」
「言ったじゃないですか、先生に近付く口実が欲しかったって。だから今すごく楽しいですよ。これってデートみたいなもんでしょう?」
「…そう。でもボクは優が好きだからキミなんて眼中に無いよ。」
その皆木先生に事実上振られてるから、その皆木先生を取られてしまいそうだから。
貴方は今そんなに取り乱しているんでしょう。
なんて言えばこの人は怒って俺を殴り飛ばすかもしれない。
面白い人だと思ったんです、なんとなく。
この人となら楽しく生きられるかなって。
でも、貴方に好きな人がいるのは知っているから。
貴方が…俺を好きにならない事も知っているから。
「俺を利用してください。」
「…利用?」
「都合のいい時だけ使ってください。俺は、先生と居られたらそれでいいので。」
強い風が二人の間を通り抜けて、先生の顔を隠す前髪を攫った。
大きな見開かれた目と濡れた瞳に青い空が写って綺麗だと思った。
貴方となら、…いや貴方なら。
この退屈な日常を掻き乱してくれる気がしたんだ。
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