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「何言ってんの……?」 そう先生がポツリと呟いた。 本心、というか心の中そのものだったんだろう。 確かにいきなり現れて告白されて好きじゃなくてもいいから利用しろ…なんて無茶苦茶だ。 「先生が寂しい時だけ、先生がなんとなく誰かに当たりたい時だけ俺を使えばいいんですよ。」 「キミにそれで何の得になるの?…あ、また脅す 材料にするとか。」 「しませんよ。言ったじゃないですか、俺は先生と居られればそれでいいんです。」 「ねぇ。ボクさ、キミの事知らなかったんだよ。ボクの事好きになるタイミングなんてあった?」 先生は目を伏せ浮かない顔でそう言った。 なんだろうか。 この人は、まるで『人を知らない』みたいだ。 当たり前の感情や当たり前の人との関わりを。 まるで誰からも好かれた事ないのになんて言い出しそうな勢いなんだから。 俺は「そうですねぇ」とわざとらしく焦らしてみる。 「まず、笑顔が好きです。後は生徒へ振りまく愛想と、皆木先生を見つけると飛び跳ねていくところ。」 「…面食い?」 「違います。後は時々する浮かない顔も、必死に食らいつくところも。手段を選ばないとこも好きです。男らしいじゃないですか。」 「待って、…キミなんでそんなにボクのことみてるの?ストーカー?」 「失礼な。たまたま俺の行く先々に先生がいるだけですよ。」 先生はハァ、と言うと頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。 捲れたズボンの隙間から細い足首が見えてどこか色っぽい。 光にすけそうな白い肌も、笑う度に染まる頬も。 なんだか魅力的で…俺は何方かと言えばこの人のファンなのかもしれない。 「意味わかんないんだよ…いきなり現れて、弱み握られて。好きだとか嫌いだとかさぁ…ボクだっていっぱいいっぱいなんだ。なんにも上手くいかないんだよ。わかる? 誰だよお前って。そっからだもん。…誰だよ、なんでボクはなんにも知らないのにキミは全部知ってんのさ…。」 「知らないならこれから知ってください。すぐに好きになられたら逆に困ります。今は誰だコイツが丁度いいです。物語なら…そう、プロローグ当たりですよまだ。」 「…プロローグって、…まぁ確かにそうかもね。」 先生はしゃがんだまま片手で口を抑えてクスクスと笑った。 あぁ、この顔も好きだな。 「ボク、性格悪いよ。」 「知ってます。」 「それもそうか。ね、出会ったばかりのキミにお願いがあるんだ。早速ボクに利用されてくれる?」 「もちろん。」 先生はニッコリと笑うと片手を差し出した。 首を傾げると、ピンと小指を立てる。 真っ直ぐな瞳でまるで何かの宣言をするように 「ボクが楠本くんを殺しそうになったら、…ううん。優の嫌がることをしそうになったら。止めてくれないかなぁ?」 とそう言った。 俺はその笑顔に張り合うように笑顔で、その小指に指を絡める。 なんだ、簡単なことだ。 「もちろん。どんな手を使ってでも止めます。」 「ふふ、ありがとう。」 そんな約束から。 俺達の歪な関係が始まった。 ちょうど正午を知らせる時計の鐘が鳴っていた。 きっと、俺にとって今日は忘れられない日になるだろう。 ずっと1人きりの殻に閉じこもっていた人生で、殻を捨てて初めて外に飛び出た日だった。

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