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馴れ合い
肩肘をついたまま、ノートの上で消しゴムを転がした。
答えに辿り着かないままずっといるといい加減集中力も切れてくる。
切れた端からまず匂いがして、それから音が聞えて最後に何かが見えてくる。
それがいつもの流れだ。
まず消毒液の匂いがして、それからボールペンが髪をひっかく音がして最後に皆木の横顔が見えてくる。
「ん、なんだ?」
俺は首を横に振るとそのまま机に突っ伏した。
ずっと英文を眺めているけれど、イマイチ内容がわからない。
覚えている単語はわかるのに文脈が繋がらなくてイライラする。
Ωってのはこんなとこまで不自由なものなんだろうか。
「お疲れだな。甘いものでも飲むか?」
突っ伏したまま頷くと、皆木はクスクスと笑っては立ち上がる。
腕に顔をうずめたまま目だけを覗かせる。
皆木…いや、白衣は意識しなくてもすぐに見つかった。
あっちにヒラヒラ、こっちにヒラヒラ。
何かに似ている気がする。
「……は、…ぅ……」
「ん?なんだ?」
あぁ、病院のカーテンだ。
と気付いて思わず変な音が喉から出た。
俺が慌てて首を横に振ると「変な奴だな」なんて言いながら目の前に冷たいフルーツ牛乳が置かれた。
俺が少し前に『はちみつレモンは好きだけどいつもそれは特別感ない。』なんて我儘を言ってから、皆木はあれこれ色んな飲み物を出してくれるようになった。
それが今日はフルーツ牛乳らしい。
「なぁ楠本。ここでこうやって勉強してても、やっぱりわからないもんは分からないだろ。
1回、教室に入ってみるか?」
その言葉に口を付けかけたコップから顔を上げる。
教室には行かせない、って頑なに拒んでた皆木からの思いもよらない提案だった。
俺としては勉強はしたいし、ずっとこんなとこで甘やかされるのも気が引ける。
確かに教室に入ったら前みたいなことが起きるかもしれないけれど今なら素直に助けを求める事も出来る。
俺は迷いなくコクン、と頷いた。
「よし。それじゃ、明日から行ってみるか。でもその前に作戦会議だ。」
作戦会議?と首を傾げる。
この先は首だけじゃ会話できないだろう。
甘いフルーツ牛乳を口に含み、の見込みながらペンと紙を手繰り寄せる。
「今のお前は声が出せないだろ。それは俺が朝に説明する。」
『ありがと。』
「あと、それが原因でまた囲まれるかもしれない。声が出なきゃ抵抗できずに何かされる事もあるかもしれないだろ。その時はすぐにこれを鳴らせ。」
『なにこれ』
差しだされたのは小さな防犯ブザーの様なものだった。
でも、防犯ブザーよりもスマホなんかに近いような…そんな感じがする。
「簡単に言えば防犯ブザーだ。鳴らすと俺と奏斗の携帯に通知が行くようになってる。GPSがついてるから場所もすぐにわかる。」
『ハイテクだ』
「金に物言わせてるからな。学校の外でも肌身離さず持ち歩けよ。」
俺がコクン、と頷くと皆木はブザーを手に取って俺の手に握らせた。
なんだか大切にされている気がして嬉しかった。
……もしかしたら、本当に大切にされているのかもしれない。
なんて。
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