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楠本が教室に通うようになってから1週間は経っただろうか。
いつも通り朝と帰りは一緒に行動し、ほとんどの日の休み時間は保健室で過ごすため別れるのは授業中だけだ。
初日は昼休みも教室で食べていたが二日目からはここに来るようになった。
どうかしたか?と聞くと『飯ぐらい話せる人と食べたい』なんて言うからそのまま追い出すことも出来ず受け入れてしまった。
別に変わった様子はないし見える範囲に怪我はない。
案外うまくやれてるのかもしれない。
最初のうちは不安で何度も聞いていたが、その度に面倒そうに
『全然大丈夫だから』
と紙の端に書かれるだけだった。
実際、何も無いのならそれに越した事はない。
テスト前なのもあるが生徒の興味が楠本から逸れたのかもしれない。
今だって持たせたオニギリを食べているが平気そうな顔をしている。
「なぁ楠本。弁当を教室で食べるのは嫌か?」
そう聞くと口を動かしながら片手をペンへ伸ばす。
『迷惑なら教室で食べるけど』
「そういう訳じゃない。なにか教室にいられない理由があるのかと思っただけだ。」
楠本は答えに困ったようにペン先で何度か紙をつついていたけれど、急に何かを決めたようにペンを投げ出した。
そのまま、まだ食べてない一つのオニギリを手に持って立ち上がる。
「…どうした?」
『理由ないから今日から教室で食べる』
「いや別に帰れって言ってるんじゃない。何も無いなら別に……」
言いかけた言葉を遮るようにガリガリと紙を引っ掻く音が聞こえる。
思わず黙って紙を覗き込み一文字ずつ書かれていく文字を目で追う。
『考 え た ら こ れ 甘 え て る だ け だ し』
そこまで書くとバインダーを持って保健室を出ていってしまう。
要らないことを言ってしまったかもしれない。
「……甘えてた、のか。」
いつも遠慮して我が儘なんて滅多に言わないアイツが、アイツなりに甘えてたのにそれに気付かずに追い払ってしまった。
…でも学校の中でまで特別扱いをする訳にはいかない。
これで良かった。
と、言い聞かせ一人になった保健室でもう何も考えないフリをした。
*
教室に一歩足を踏み入れる。
突き刺さる視線に俯いて歩くと、前から肩を突き飛ばされる。
ゆっくりと顔を上げると手に持っていたオニギリが取り上げられてしまう。
「………っ…、…!」
「楠本くんは…消える、って。ほら。」
黒板に赤い文字で"楠本"と書くとラップを外したオニギリでそれを擦る。
文字が消える代わりにクラスメイトの手に持ったオニギリは真っ赤だ。
「食べろよ。ほら、早く。」
「っ、ん"……、…!」
「先生にも追い出されたんだろ?可哀想、どこにも居場所ねぇな。」
口の中に押し込まれる苦しさと、舞い上がる粉で器官が詰まる。
最初の日、皆木が「高校生は2つくらい食わないとでかくなれないからな。」なんて言いながら握ってくれていた事を思い出す。
無駄にしたくない、だからご飯くらい安全なとこで食べたかった。
なんて、本人には言えなかった。
「ごほ、っ…ふ、……!、ごほ、っげ…ぅ"、…」
「吐くなよ、汚ぇな。」
喉を抑えてその場に座り込む。
喉が痛い、肺が苦しい。
大丈夫。
これくらいまだ大丈夫だけど。
こんな姿、知られたくはないな。
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