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好きだと気付いてしまったあの日から。 ただ優の一番近くにいるだけで満足してた心が変わってしまった。 もし、優の一番大切な人になれたら。 愛されたら、恋を出来たら。 なんて叶わない事は恋をする前から知っていたのに。 「奏斗、どうした?」 「ううん。楠本クンが心配だなって考えてただけさ。ボク、次の授業が優のクラスだから様子みてくるよ。」 「頼む。俺の授業は週に一回しかないからクラスの様子はわからなくて困ってんだよ。」 「ボクに任せてよ。週4回行くからね。」 「っはは、心強いな。」 優が楽しそうに笑う。 この思いが届かなくても優の近くで笑ってるだけでいい。 優が笑ってるのを見てるだけでいい。 …はず、なのに。 「ねぇ、ゆ……」 「悪い。トイレいってくる。」 「え、…!?あ、うん…いってらっしゃい。」 声がぶつかって落ちる。 思わず驚いて変な声が出た。 トイレに行く、と保健室を出ていく背中を見送り扉が閉まるのと同時に体の力が抜けた。 あぁ…ボク今、何言おうとしたんだろう。 まさか好きだーとかそんな事口走ろうとしたわけ… 「ある、のかなぁ。」 ダルン、と机に潰れるみたいに体を預けて目を閉じる。 いつまでこんなによくわからない気持ちのままいるんだろう 好きだとバレてふられるのは嫌だし、振られる可能性しかないし。 かと言って優が誰かに取られるのも嫌だ。 なんてグルグルグルグル考えていると、部屋の中にビビビビ、と耳を割くような警告音が鳴り響く。 「な、…なに……!?」 驚いて飛び起きると、机の上に置いてある優の携帯がバイブの振動で揺れていた。 ボクのポケットに入っている携帯も同じらしい。 優の携帯の画面には"SOS"の文字と赤いボタンの表記で"応答"と"切"の文字。 …これが、優が言ってた防犯ブザーの通知か。 今これが鳴っているってことは楠本クンの身に何かが起こったってことだ。 どうするか悩んでいると一際大きな音が鳴る。 慌てて携帯を手に取ると画面には黄色に赤字で 『端末破壊 緊急事態の可能性有り 通報しますか?』 とあり、その下には"YES" "NO"と二つのボタンが表示されていた。 ドクン、ドクンと心臓が鳴る。 授業中に、しかも端末が破壊された。 何が起こってるかは大方予想がつく。 今すぐ助けに行かなきゃどうなるかわかってる。 また血だらけで痣だらけのあの子を見る事になる。 でも、でも。 「……ボクが、…隣、に…いるはず、だったんだ。」 指先が"NO"をタップする。 画面には『SOS』の文字。 本当に助けて欲しい時。 叫んだって、泣いたって誰も助けてくれないんだ。 キミが悪いんじゃない。 でも。 「…ボク、弱い子嫌いなんだ。無理して…嘘ついてでも笑おうよ。」 切のボタンをタップすると優の携帯の画面が元に戻る。 ポケットの中の携帯と同じように操作するとまた保健室は静まり返った。 音が一つもない中に、コトンと携帯を机に置く音だけが響いた。 優が悲しんでたら、一緒に泣いてあげよう。 「ただいま。なんか音鳴ってなかったか?廊下まで変な音聞こえてたが…」 「ゲームしてたら変な広告ふんじゃってさ。最近多くない?困るんだけど…」 「馬鹿、教師がゲームするな。」 「あはは、ごめーんね。」 大丈夫、きっと上手くいく。 あの子だって死にはしないだろう。 ……大丈夫、だよね。

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