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「楠本。」 声が聞こえる。 体が動かない。 誰の声なのかもわからない。 ただ、暗闇の中で声が響いていた。 「楠本。」 もう一度、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。 身体が熱くて息が苦しい。 まだ、死ねなかった。 思い切り手の先に力を込めると、中指が少しだけ動いた。 床を引っ掻くとそのままもう動かない。 「楠本、聞こえてるんだな。」 その声にようやく意識がハッキリとしてくる。 重い瞼をゆっくりと開くて90°回った世界が見える。 すぐ目の前には制服のズボンが見えて横には水の入ったペットボトルがあった。 まだ終わってなかったんだ。 そう思いもう一度目を閉じる。 レイプされるなら、見ない方がまだマシだ。 「意識はあるな。もう誰も教室にはいないから大丈夫だ。」 その言葉にもう一度目を開く。 ……この生徒はレイプしないのか? 何度か瞬きをし、目線をあげる。 一人の生徒がぼんやりとした目で俺を見下ろしていた。 誰なのか俺にはわからなかった。 「お前、Ωだよな。中出しってやっぱりまずい?保健室行くにもその服と発情期のままで教室から出す方がやばいかなと思って。俺そういうの詳しくないし。」 その言葉があんまり理解出来なかった。 頭がぼーっとしてる。 発情期のせいもあるんだろうな。 暫くぼーっとしたままいると「そうか、声出せないんだったか。」と呟くと俺の指の下に手のひらを入れた。 「ハイは1回、イイエは2回。俺の手をつついて。」 その言葉に1度指を浮かせると、「そうそう」と言って頷いた。 この生徒が味方なのか敵なのかわからない。 でも今はこうするしかなかった。 「発情期だよな?」 1回 「中出しやばいよな?」 1回 「薬は今、ここにはない?」 1回 「だよな。皆木先生呼んだら何とかなる?」 浮かした指をそのまま下ろせない。 複雑な気持ちが交差する。 助けには来てくれなかった。 あの程度も我慢出来なかった。 俺が悪いのに、また手間をかけさせる? …嫌われる。 「…会いたくない理由、あるとか。」 1回指を落とす。 「へぇ……でも、今そんな事言ってる場合か?実際今、動けない訳だし俺がどっか行ったらまたレイプされるだけだろ。」 その言葉に顔を上げる。 生徒はうーん、と首を傾げた後、「だからさ」と切り出す。 「俺、保健室行って呼んでくる。教室の鍵かけて俺そのまま移動教室行くから。…皆木先生と何あるか知らないけど今は生きること優先すれば?」 俺は一度指を下ろす。 この人が誰かもわからない。 味方なのかも微妙なところだ。 でも、今のは助けてくれた…って事だと思う。 それなら敵ではないのかもしれない。 そう考えていると指の下から手の平が引き抜かれる。 指か床に落ちるのと同時に瞼が落ちて体の力が抜ける。 痛いし苦しいはずなのに。 何故だろう。 今は、このままゆっくり眠れる気がするんだ。

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