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教室の鍵をかけて保健室へ向かう。 どうでもいい、とはいえあのまま教室に一人放置していく気にはなれなかった。 授業中に突然、先生やクラスメイトの様子がおかしくなったのはΩの発情期のフェロモンのせい。 楠本は抵抗もできないまま崩れ落ちるように倒れ、そのまま代わる代わる犯された。 悲鳴一つ無い、たまに聞こえる嗚咽しかないようなレイプだった。 約2時間休みなく続いたソレは昼休みの終わりを告げるチャイムと同時に止まり、皆はそのまま移動教室へ向かってしまった。 クラスに残されたのは俺と楠本の2人だけだったんだ。 あのまま残しておけば、また戻ってきて同じ状況に陥るだけだっただろう。 コンコン、と保健室をノックする。 そのまま扉を開くと中からはふんわりと珈琲の香りがする。 「失礼します。」 そう言うと、皆木先生が振り向く。 と、その奥に机にペターと平べったくなったまま携帯を弄る時枝先生の姿も見えた。 皆木先生が「どこか悪いのか?」と言うと時枝先生は少し顔を上げる。 それから少しだけ瞼を揺らしたが、特に顔色は変えなかった。 「えーっと…あー、…」 「なんだ。サボりか?」 「ちょっと優。生徒には優しくってボクいつも言ってるでしょー?」 「体調悪い生徒がこんな白々しい反応するか?」 先生はそう言うと眉をひそめる。 実際、体調は悪くないのだけど。 時枝先生がいる前であんまり楠本の話題は出したくない。 …いや、今はそんな事言ってる場合じゃないか。 念のため扉を閉めてから少し小さな声で伝える。 「あの、楠本が…レイプされまして。」 「…っ、…はぁ!?いつだ、どこで!?今は何してんだ!!」 「え、さっき…今は教室で一人です。意識はあったんですけど今は…寝てる?かも…」 皆木先生が人が変わったかのように声を荒らげる。 勢いよく立ち上がると座っていた椅子がそのまま倒れ、ガタンと大きな音を立てた。 俺が思わず吃るとコツコツと靴音を立てこっちに近付いてくる。 「何人にされた?どれだけの時間経ってる?」 「何人、…は、クラスほとんどですかね。時間は二時間前くらいからぶっ通しで。あー…あと……」 「あと、なんだ?」 「中出し、エグイかも、です。解きましたけど拘束もされてたし…あー……腹、殴られてたから臓器イカレてるか、っ…も、……!?」 しれないですね、と言おうとした時急に胸ぐらを掴まれる。 驚いて言葉が止まる。 俺の胸ぐらを掴んでるのは間違いなく皆木先生で。 人でも殺しそうな顔で俺を睨みつけると、冷たい声がすぐ側で聞こえる。 「お前は、ヤッたのか?」 「……俺、は…してない、です…」 「なんでそこまで見てんのに助けなかった、呼びに来なかった?」 「それ、は……」 俺には関係ないし、そんな義務もない。 なんて言えばこの人は俺をぶん殴って殺しそうだ。 怖くて動けなかった…それが模範解答か。 「…優、何してるの。生徒に手を出したら終わりだよ。」 「黙れ。俺は今コイツに聞いてんだよ、手出さなかったら見過ごしたのは許されんのか!?」 「それとこれは別。ほら、離して。」 「チッ、…」 時枝先生の声に皆木先生は雑に手を離す。 それから髪をグシャグシャにすると何度か「クソ、…」と声を漏らしていたけれどよく聞こえなかった。 「…行ってくる。お前らは出ていってくれ。」 「わかった。…ねぇ、優。」 「…んだよ。」 俯いたままそう言うと皆木先生は救急箱とシーツを手に持つ。 二人の目線は合わない。 俺はただ、曲がったネクタイを直しながらそんなふたりのやり取りを外野から見ていた。 「仕事に、感情は入れちゃダメだよ。わかってるよね?…あの子はただの生徒だよ。」 「……わかってる。」 「事務的に作業、出来る?まさかあの子に恋してるだなんて言わないよね…?」 暫くの沈黙が続いた。 遠くで水の落ちる音がした。 外からは体育の声が聞こえてくる。 ここだけが、まるで非日常な空間みたいで空気がどっしりと重い。 「……今は、アイツの体を洗う事しか考えられない。」 皆木先生がようやくそう言うと、白衣を大袈裟に揺らしながら保健室を出ていった。 閉じた扉の後に、先生の顔へ目を向ける。 浮かない顔の目にはいっぱいに涙が溜まっていて。 「……馬鹿。あんなの、嫌いだ。」 と呟いては両手で顔を擦った。 先生の精一杯のお願いで、本当の思いを隠したお願いが皆木先生に一蹴りされてしまったんだから。 俺は手を伸ばしてその体を抱きしめた。 怒られるかな、蹴られるかなと思いながら。 あまりにも綺麗であまりにもか弱くて崩れてしまいそいそうだったから。 「ボク、優が好きなんだよ。」 「見てたらわかりますよ。」 どうしてあの人は、こんなに純粋な先生の気持ちに気付けないんだろうと少し憎く思った。

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