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頬へ手を触れ、腫れた唇と唇とを重ねる。 触れるだけのそれでも深いキスを。 血の味と青臭い味がした。 吐き気がする。 甘い味もレモンの味もしなかった。 それでもそれが俺達のキスの味だった。 口を離し、上から順に身体を見ていく。 外傷は前よりも少ないらしい。 どうやら服を着たら隠れる位置にしか痣や傷は無かった。 手首の傷跡を見ようと右手に触れた所で中指と人差し指が腫れているのに気付く。 異常な腫れ方だ。 そっと手に取り関節を曲げる。 「……折れてる?」 真っ赤に腫れた指は、俺の知識が間違っていなければ折れているように見えた。 レイプで指が折れる?意図的に指を折られた? 手は縛られていた。としたら苦痛を味合わせるためだけに? 1度手を離し再度周りを確認する。 すると足元の当たりに、何か端末が落ちているのに気が付いた。 慌ててそれを手に取る。 手に取って、いや…手に取る前からそれがなんなのかは気付いていた。 俺が鳴らすように、と渡していたブザーだ。 「…壊されたって事か。……ん?」 画面が割れ機械も潰れている。 が、ピンは確かに抜かれていた。 楠本はブザーを鳴らした? …鳴らしたから壊された。 けれど俺の携帯には通知は来ていない。 壊れていた?鳴らした瞬間に壊された? 壊されてから、それでもピンを引いたのか? あれこれ考えているうちに、1つの事に気付いた。 それに気付いた瞬間、背筋に冷たい何かを感じる。 俺はゆっくりと楠本の顔を振り返り、それから指の折れた手に触れる。 コイツは、確かにブザーを鳴らした。 犯されながらも俺が来るのを待っていた。 いつ俺が助けに来るのかとずっと抵抗もできずに待っていた。 指が折れて意識を飛ばして、こんな姿になるまでずっとだ。 そんな状態で全てが終わった後、今更ノコノコとやってきた俺へコイツはただ『ありがとう』とだけ告げた。 俺は、なんて残酷で最低な事をしたんだ。 そのまま暫く動けなかった。 楠本の気持ちを考えると苦しくて何も出来なかった。 チクタクと時計の音だけが教室に響いた。 薄らとΩの香りがする。 この香りが行為のきっかけとなったのなら。 Ωである事がこの悲劇の始まりなら。 終わらせて、しまえば。 眠る楠本の首元へ顔を近付ける。 これで終わってしまえば、お前はもう襲われることは無くなる。 そうだよな? 「………ダメ、だ。」 顔がそのまま首元へ落ちる。 『Ωになんて、っ…なりたく、なかった…!』 合意もなしに、俺の身勝手な判断でコイツをΩの肩書きで縛り付けるなんて。 俺にはそんな事出来なかった。

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