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なんだかダルくてソファにもたれたまま目を閉じる。 …優、ボクが通知を止めたって気付かないよね。 なんて思ってると千葉クンがいつの間にかボクの目の前に立っていた。 影で顔はよく見えない。 「なぁに、……っ…」 なぁに?なんて聞き返そうとした時。 パシン、と乾いた音が聞こえて頬がじんわりと熱くなる。 ……叩かれた? 左手でその頬を押さえると千葉クンはじっとボクを見下ろしたままもう一度手を振りあげた。 「ま、…待ってよ。…何してるのさ。」 「…楠本は拳でした。確か、4回。」 「は……?」 「血を吐いて床に倒れ込んだ後に」 そこまで言うと彼を突き飛ばすようにソファへ押し倒す。 背中を打って骨の当たる痛みに目を細める。 けれど彼は手を止めず、ボクの口へ指を突っ込んだ。 喉の奥まで突き破られるみたいで息ができない。 「こうやって口を塞がれた。助けて欲しくて、きっと苦しくて。…そんな意識が朦朧とする中でブザーへ手を伸ばした。」 「っ、ぅ"……ぐ、……」 「発情期のせいで体は重そうでした。ようやくピンを抜いて、音が鳴って。あぁこれで助かるって思ったはずです。 でもその音のせいでブザーは踏み潰されました。後から見たんですけど、指ごと踏み潰されたらしくて。指真っ赤に腫れてて…あれ、もしかしたら折れてたんじゃないですかね。」 苦しさに視界がぼやける。 息が上手く出来なくて、そのまま飲み込めない涎が頬を伝った。 そこまでを見て彼はようやくボクの喉から指を引き抜いた。 「か、っは……、ぅ"……!」 「…どうでした?割と再現できたと思うんですけど。というか先生、喉細くないですか。」 「……どうい、う…つもり…?」 「どういうって…楠本の気持ち、ちょっとは分かるんじゃないかと。」 千葉クンは両手を上げてそう言うとボクの上から降り、脇にあったティッシュで手を拭いた。 何がしたいのかわからない。 ボクは袖で口を拭いながら体を起こす。 ……なんで、ボクがこんな目に。 「先生、怒ってます?」 「……怒ってないよ。でも、まさか実践されるとは思ってなかっただけ。あぁ…ボク、もう24だよ。」 「年齢関係あります?」 「この歳でまた襲われるのかと思っただけさ。」 と、疲労からうっかり口走った言葉に目を見開く。 咄嗟に隣にいる彼の顔を見ると彼も同じように目を見開いては手に持っていたティッシュを床に落とした。 それから形相を変えてボクの両肩を掴んだ。 「"また"。また、ってなんですか!?」 「あはは言葉のあやだよ。またって言うか、とうとう?…そういうアレさ。」 「顔みたら分かるでしょう、どう見ても口が滑ったって顔しましたよね?どういう事ですか?…襲う、って…まさかレイプとか……」 「違う!!」 思わず声を張り上げる。 彼はそれでも肩を握り力を緩めたりしなかった。 ただ真正面にボクを見つめて、ボクから目を離さなかった。 『いいな、目を離すなよ。離したら少しだけ痛いことをするからな。』 脳裏に焼き付いたそんな声が蘇る。 どうして。 もう、あんな日々とは縁を切ったはずなのに。 「先生、…それは皆木先生にも言ってない事ですか…?」 「優には…言わないで、くれるかな…」 「…先生が嫌なことはしません。俺はこの事は誰にも言わない。」 「……手、離して。」 ボクがそう言うと彼は素直に手を離した。 ポスン、とソファに体が落ちて背中がズレていく。 そのまま体が横になり肘掛に頭が乗る。 「出ていって。一人になりたい。」 「…わかりました。」 閉じ込めた記憶がこじ開けられていく感覚は、どうしてこんなに気持ち悪いんだろう。

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