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「なぁ皐月。お前ってさ、医者の息子だろ?やっぱ将来は医者になんの?」
「んーだろうな。だから俺も兄ちゃんとか父さんみたいに勉強頑張ってんだよ。」
「偉いな!どんな医者になんだ?」
「そりゃ、頭良くて優しくて。誰かの憧れになれるような医者かな。」
小学生の時だろう。
そんな昔の夢を見た。
グニャグニャと視界が歪んで黒くなっていく。
体が小刻みに、時々大きく揺さぶられる。
…地震?それにしてはなんだか長いような。
ガタン、と大きな振動で目を開く。
目の前に見えるのは黒い椅子の様なもので、俺は薄手のタオルケットに体を包まれていた。
状況が読み込めず体を起こそうと手をついた瞬間言葉に出来ないような痛みに襲われる。
「───っ、!?」
悲鳴すら挙げれない喉が何か息を吐き出すと頭上から低い声が聞こえた。
「…あぁ、着く前に起きたか。」
その声は紛れもない皆木の声で。
なんだか夢の中で聞いた声よりも酷く沈んでいて寂しそうだ。
結局体も起こせずそのまままた体を床に預ける。
そこまでして、ようやくここが車の中で俺は後部座席に寝かされていたのだと気付いた。
「色々、聞きたいことや言いたい事はあるが今は会話が出来ない。俺から一方的に話すぞ。」
その声に俺は見えないだろうが1度コクンと頷く。
皆木は沈んだ声のままで淡々と俺に状況説明をしてくれた。
「今は病院へ向かってる。もちろんお前の実家なんかじゃなくてでかい総合病院だ。体の検査をしないとまずいレベルだ。本当は今までだって行かなきゃいけなかった。中、出せれたままだろ。最悪の事態、デキてることだってある。
…って言えば余計に不安がらせるだろうが、それが事実だ。あとお前、右手の指が折れてる。固定はしてるが病院でちゃんと診てもらった方がいい。」
皆木の言葉はどれも現実的で、ふわふわした夢はどこかに飛んでいってしまった。
そう言えば俺は発情期のはずなんだけど。
もう終わってしまったのか、それとも眠っている間に薬を飲ませてくれたのかすら聞くことも出来ない。
右手を顔の前に持ってくると支え棒が挟まれ、包帯でぐるぐると巻かれていた。
顔にそのまま触れると頬には大きなガーゼがあり、頭にも包帯があった。
…ありがとうも今は言えないのか。
「病院に行ったら多分声の事を聞かれる。過度のストレスで声が出なくなったと言えば精神科だとか、心療内科だとかに回される。話したくない事も聞かれる。…だから今はレイプで傷ついて何も話してくれないと伝えといた。
勝手な俺の判断だが、許してくれ。」
俺はまた見えないだろうが一度頷いた。
皆木はきっと、俺のために何かと悩んでくれたんだろう。
一つ一つの言葉に優しさが滲み出ていて俺はそれが嬉しくて思わず笑ってしまいそうだった。
その後、もう皆木は何も言わなかった。
時々揺れながら車が走っていく。
車の中には聞いた事ない音楽が流れていた。
これは何の曲?皆木の好きな曲?
と聞こうとして声が出ない事を思い出した。
今だけは声が出なくて良かったなと思う。
声が出ていたら、俺はきっと弱音を零してしまっていたから。
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